30~50代女性→キッチンドランカー予備軍?

アルコール依存性の歴史をざっと見渡すと、アルコール中毒という名が1852年に医学用語として定着しました。アメリカでは1900年代に禁酒法が制定されました
しかし、法的規制には限界があり、だんだん医療的対処へ転換していきます。アルコール依存は長い間、「意志が弱い」など、その人に問題ありとされてきましたが、1952年に病気だと認知されました
日本でのこうした動きは、欧米に比べると遅く、ごく最近まで酒類の消費量は増加するばかりでした。アルコールに関して寛容な文化なので、飲酒問題をとりあげる妨げになっていたとも言われます。しかし、患者数は増加の一途を辿っています。とくに、女性、退職後の壮年期、若年層の増加が顕著です。家族への影響も深刻です。断酒会や自助グループの活動が盛んです。

◆伝説のリキュール「アブサン」
感性やインスピレーションを引き出す霊酒として、芸術家に愛飲されたアブサン。
「グリーンの詩神、聖女のため息、妖精のささやき」と呼ばれましたが、「禁断の酒、魔酒、飲むマリファナ」の別名もありました。
その理由は、アブサンに含まれるニガヨモギの主成分であるツヨンに、マリファナに似た幻覚などの向精神作用があったからです。中毒症状が問題となり一部の国で製造販売が中止されました。
アブサンに魅せられた人々はアブサニストと呼ばれ、画家ゴッホやロートレックが有名です。彼らは時に心身に異常を来たしました。
1981年にツヨンの使用基準は見直され、アブサンは復活し、日本でも飲めるようになりました

◆アルコール依存症を乗り越えたエリック・クラプトン
アルコール依存症に苦しんだ有名人は枚挙にいとまがないほどです。中でも、数少ない克服に至ったのは「ギターの神様」エリック・クラプトンです。70年代は薬物中毒、80年代はアルコール依存症と、試練の多い人生を送ります。
断酒を決意したクラプトンは、自助グループ「アルコホーリクス・アノニマス(AA)」に救いを求め、何度かの再飲酒を繰り返しながら、90年代になってようやく断酒を継続し、1998年、アルコール/薬物依存者治療更生施設「クロスロードセンター」を設立しました。
その後、施設維持のために自分のギターをオークションにかけたり、チャリティーコンサートをしています。

◆アルコール依存症専門外来
アルコール専門病院「国立久里浜療養所」はじめ、精神科、心療内科などに「アルコール依存症専門外来」を標榜している病院があります。禁煙外来のように「禁酒外来」とは呼びませんが、アルコール依存症の専門治療を行っています。

◆最終的には断酒?
アルコール依存症の治療上の合意は「節酒は不可能、断酒しか方法はない」というものだそうです。しかし、目的はそうであっても患者の要望を認めながら、節酒から治療を試みているセラピストもいます。
(参考:信田さよこ『依存症』文芸春秋新書)

◆キッチンドランカー問題
女性のアルコール依存症の増加に伴い、キッチンドランカーが増加しています。アメリカで使われ始めた言葉ですが、料理用の酒を飲んでいるうちに、ハマってしまい、止められなくなってしまう状態を指しています
キッチンドランカーになる女性の多くは30~50代と言われます子どもに手がかからなくなり、育児も一段落する年齢。でも、夫は仕事で多忙、核家族化が進み、独りの時間が増え、ストレスから飲酒に走る場合が典型です
夫婦や家族の時間を大切にする、積極的に社会に出る、そして、体調の変化を見逃さないことも大切です。

参考 Mocosuku編集部 2015.04.04

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