16世紀半ばの中国地図

16世紀半ばに中国(明)で作られた日本地図に現在の韓国の鬱陵島が記されていることが20日、島根県竹島問題研究会の調査で分かった。地図は、倭寇からの防衛などを目的にまとめた書物に掲載され、日本の領域を意識したことがうかがえる鬱陵島より東南東にある竹島(島根県隠岐の島町)の記載はみられないが、研究会は、位置関係などから、中国が竹島や鬱陵島を日本領とみていたことが推測できるとしている

中国は当時明の時代で、朝鮮半島で勢力を持っていた李氏朝鮮と君臣関係にあった。研究会は、倭寇からの防衛目的で中国がまとめた別の書物にある朝鮮地図には、鬱陵島と竹島が記されていないことも確認、中国が明確な意思をもって竹島などを日本領とした可能性があるという

地図2点は、日本地図が「日本国図」(1561年)、朝鮮地図が「朝鮮国図」(1562年頃)ともに中国の役人で地理学者の鄭若曾(ていじゃくそう)が地理書「日本図纂」と「朝鮮図説」にまとめた。研究会関係者が2月、復刻版を調べた

研究会は「鬱陵島を日本地図に記し、朝鮮地図に記していないことは、(当時の中国が)竹島などを日本領とみていた裏付けになる」と話す

参考 yahoo! ニュース 2015.03.21

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