韓国政府→愛国のため売春を奨励

朝鮮半島を占領し、韓国人女性を慰安婦として凌辱し続けた旧日本軍が撤退した後も、韓国には米軍相手の慰安婦が存在していた。1950年代に書かれた韓国陸軍本部の「後方戦史」では、当時、韓国軍が慰安所を設置し、女性たちを「特殊慰安隊」「第5種補給品」と呼んで、鉄製の桶に入れた状態で前線の米軍兵士の「お楽しみ用」として送り込まれたと記載されている

1953年に締結された「米韓相互防衛条約」によって米韓の軍事同盟が正式に樹立され、米国は韓国の安全保障全般に義務を負うことになった。在韓米軍は韓国にとって、北朝鮮の脅威から身を守るために必要な存在であり、米国の経済、軍事面への援助が韓国経済や防衛建設を発展させるための重要な保障だった。朝鮮戦争終結後、多くの韓国人は極貧に陥っていた

在韓米軍の近くには、米軍兵士の娯楽の場である「基地村」が形成されていった1948年に韓国では公娼制を禁じる法律が制定されたが、米軍のご機嫌をとり、国の経済を復興させるために韓国政府はなりふり構わなかった

1959年10月、国会議員が外国軍人を満足させるため、慰安婦を増やすしかない」と提案。韓国政府は売春女性たちを「洋公主(ヤンコンジュ)」「米韓民間外交官」などと呼んで、美化した

1962年6月、朴正熙政権が性取引の合法化を承認し、全国に売春の合法地帯が設けられたすべてが在韓米軍近くに作られた女性たちが稼ぎ出す外貨は毎年1000万ドル。当時の韓国の外貨収入はわずか2億5000万ドルだった。

1962年9月10日付の京郷新聞によると、京畿道知事らが米軍側と「親善委員会」を開き、「基地村」の女性について意見交換した知事はこの時、「女性たちのマナー教育や英会話などを早急に行う」ことを約束していたという

韓国メディアによると、1980年代までに米軍相手の韓国人慰安婦は100万人に達した

彼女たちの多くは長年にわたる薬の服用や大量の飲酒により体を壊している

「基地村」を出た後も苦しい生活を強いられてきたという

参考 FOCUS ASIACOM 2014.12.02

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