肉を焼くなら→冷たいフライパン

野菜炒めは強火で勢いよく」「熱したフライパンで肉のうま味を閉じ込める」「塩加減は味見をしながら調整」「トントンと響く包丁の音」……
そんな料理の常識をすべて覆すのが、料理科学研究家で『だまされたと思って試してほしい 料理の新常識』(宝島社)の著書もある水島弘史氏。水島氏によれば、料理の失敗のほとんどは「火加減」か「塩加減」に原因があり、正しい火加減と塩加減を知れば、誰にでもおいしい料理がつくれるという。つまり、料理は技術や経験ではなく「科学」の世界ということ。これなら初心者でも実践可能だ。今回は、水島氏の提唱する料理の「新常識」をひもといてみよう。■ 弱火&低速調理法にはメリットがいっぱい!

料理を成功させるために、重要なことのひとつが「強火NGルール」野菜炒めや肉のソテー、煮込み料理まで、弱火と弱い中火による「低速調理」

たとえば肉や魚料理の場合、失敗の原因の多くは火が強すぎること。というのも、タンパク質に急速に熱を加えると、身の細胞が急激に収縮し、水分が出て縮んでしまうからだ身が固くなる原因がこれ。それを避けるためには、「筋繊維の収縮」が起きる45~50℃をゆっくり通過させることがキモになるレストランの厨房で盛大な火で調理しているのは、プロ用のコンロは五徳が高く、鍋底から火が遠いため五徳が低く、火が近い家庭用コンロは火力が強すぎるからだ

実際に、同じ鶏もも肉を強火と弱火で焼き上がりを比較すると、弱火の場合は肉の厚みが焼く前とほぼ変わらず、皮は黄金色でツヤを持ち、ふっくらと見た目もおいしそうに仕上がる。一方、強火で焼いた肉は皮が焦げ、身が薄くなり、ジューシーさを失ってしまう。その理由は、前述の通り、肉の水分が飛んでしまうから。つまり、「強火でうま味を閉じ込める」という常識はちょっと違う。だから私は、肉を焼くときは、「冷たいフライパンから弱火でじっくりと火を通すこと」を提唱している

もちろん、火力を弱めれば調理に時間がかかるだろう。しかし、その分慌てずに調理でき、同時進行で複数のメニューをこなせるうえに、料理を焦がす心配もなく、中までじっくり火を通せる低速調理はむしろメリットのほうが多い

もうひとつ提唱したいのは、「塩加減」。「これが正しければ料理は完成する」と断言したい塩は、素材に直接働きかけ、味を引き出す最大の調味料。しかし、レシピ特有の「適量」「少々」などの曖昧な表記に頭を悩ませる人も多いだろう。これにも科学的な回答がある。それが、「素材の重さに対して0.8%の塩」というルールだ

■ 脳が「うまい!」と感じる塩分0.8%ルール!

このルールさえ頭に叩き込めば、120gの肉なら「120g×0.008=約1g」とたちどころに算出可能。しかも、肉、魚、野菜などの素材を選ばず、すべてに統一の基準と、単純明快だ。塩のふり方にもルールがあり、片手で計量スプーンの端を持ち、もう一方の手で柄の中央あたりを叩きながら少量ずつ落としていくのがいい。

ではなぜ、最適な塩分は食材の重さの0.8%なのか?  実は、この塩分濃度は人間の体液の塩分濃度とほぼ同じであり、脳が本能的に「おいしい!」と感じる濃度なのだ。ただし重要なのが、「調理後の食材の重さ」を基準にすること。オムレツなら、卵を焼く間に水分が失われるため、焼く前の卵の重さの0.7%の塩が適量など、素材や調理方法によって計算方法にポイントがある。

塩加減でもうひとつ重要なのが、浸透圧の関係だ。簡単に説明すると、浸透圧とは「塩が水を引っ張る力」のこと。じゃがいもなどの固い野菜をゆでるときに煮くずれしてしまうのは、外部より内部の塩分が多く、ゆで汁を内部に引っ張り込んでしまうから。これを防ぐためには、野菜の内部とゆで汁の塩分濃度を同じにすればよい。「塩分濃度を同じにすれば、野菜が水分を失わないため、シャキッとゆで上がる」。そう、すべては科学の話なのだ。

なお、パスタについては、水1リットルにつき塩1.5%がベスト。これは、水分蒸発や塩析効果を考慮した数値だ。塩析効果とは、塩水の中でタンパク質が固まってパスタの表面に壁を作り、パスタの小麦粉が溶け出しにくくなる作用のこと。この作用が、いわゆる「麺にコシのある」状態をつくる。実際に、このとおりにパスタをゆでてみると、絶妙な塩気を持ち、歯応えと弾力のあるアルデンテに仕上がった。パスタ料理は、パスタをおいしくゆでることが最も重要だ。

素材の切り方についてもひとつ言いたい。切り方には、たとえば玉ねぎのみじん切りひとつも「細胞をつぶさない切り方」と「つぶす切り方」の2種類があり、フレンチの世界では、前者をシズレ、後者をアシェと呼ぶ。

一般的な家庭料理では、素材のうま味や風味を損なわないシズレが適しているが、多くの家庭で、アシェだけでさまざまな料理をつくっている。これは問題だ。

正しく切るには、正しいフォームから。まな板に手をついたときに、ひじが自然と少し曲がるくらいの高さに調理台を合わせ、体の角度は調理台に対して45度。親指、人さし指、中指で包丁を握り、まな板に対して30度の角度で包丁を手前から斜め前方に押し出す。

すると、細胞をつぶすことなく、無駄な力を使わずに食材を切ることができる。その音は、「サクッ、サクッ」という繊細なもの。「トントン」とまな板を叩くいかにも料理上手な音は、実は細胞をつぶしている証だ。

以上に挙げた3大ルールのほかにも、私が提唱する「新常識」はさまざまある。たとえば通常「手でこねる」ことがコツとされるハンバーグ。実は、手でこねると体温で肉の結着(くっつき)が悪くなり、肉がボロボロになってしまうため、「手ごね」は厳禁。ほかにも、焼き方、切り方、動きのタイミングなどのすべてに科学的な理屈がある。

最後に、次のような言葉を紹介して締めくくりたい。あなたの料理は、最新・最良の調理法ですか?  料理はずばり「科学」なのだ。

(構成・文:菊地貴広〈しろくま事務所〉)

水島 弘史

東洋経済オンライン2016.05.04

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