習近平の意向がすべて八方ふさがり

5月27日、オバマ大統領が広島を訪問した。個人的なことを少し申し上げるなら、祖父母から原爆の話を聞いて育った私は、すでに他界した被爆者の親族を想いつつオバマ大統領のメッセージに胸が熱くなった私と同じような思いを抱いた人もたくさんいるだろう

 オバマ大統領の訪問について広島ではほとんどの人が「謝罪を求めない」のは、原爆を直接体験した人が少なくなっていることも一つの要因だろう。今を生きている私たちにとって、オバマ大統領の広島訪問を機に、世界で反核の機運が高まることへの期待の方がはるかに大きい原爆投下から71年後のオバマ大統領の広島訪問、それは原爆をめぐる「具体的な戦争の記憶とそれに対する謝罪」を求める声が「抽象的な平和という理念の追求」に転換した歴史的瞬間であった

「具体的な記憶」は特定の集団内で共有されるストーリーで「主観的に語られるもの」であるが、「抽象的な理念」は世界中の誰もが受入れることが出来る「普遍的な価値」であるぜひ日本政府には今回のオバマ大統領の広島訪問を弾みとして、「核兵器のない世界」と平和に向けた積極的な行動を期待したい

中国では事実が歪められて報道

 「核兵器のない世界」と平和を歓迎する広島の民意について、残念ながら中国では事実が歪められて伝えられた。新華社や人民日報は、訪問を反対するグループの街頭活動やインタビューがことさら大きく伝え、オバマ大統領の広島訪問を日本国民があたかも歓迎していないかのような報道ぶりだった。27日、王毅外相も記者からの質問に対して「広島も重視すべきだが、南京も忘れてはならない。被害者は同情に値するが、加害者は永遠に自らが背負う責任から免れることは出来ない」と答え、オバマ大統領の広島訪問が評価されることに釘を刺した。「普遍的な価値」に理解を示すのではなく、南京事件という「具体的な記憶」を改めて持ち出したのだったいわば自国の「主観的な語り」を貫こうとしている

「南京も……」と語った王毅外相の発言は、特に準備されたものというよりは地方政府のグローバル化推進のイベントの場で記者の質問にその場で答えたものだ。なので、そこだけを大きく取り立てるのも、バランスを欠いてしまうかもしれないが、紋切り型の歴史認識問題を持ち出して言い捨てるかのように日本を牽制せざるを得ない、中国の外交の当事者らの手詰まり感がにじんでいるようにも感じられる

王毅外相だけでなく、最近の中国の外交の当事者やメディアの報道では外交に関する話題でこれまでになくバッサリと相手を切って捨てるかのような表現が増えている

英国首相も台湾総統も切って捨てる

 今回の伊勢志摩サミットについていえば、南シナ海問題が議題に上ったことについて、27日、外交部の華春えい報道官は「G7は自分たちのことだけ話し合えばよく、よその国のことに口出ししたり手出しすべきでない」と発言。また、英国のキャメロン首相が南シナ海問題について「ホワイトハウスは北京にやりたいようにやらせすぎた」と発言したことについて、『環球時報』は「自分たちがいまだに日の沈まない帝国だと思っている英国のキャメロン首相の思い上がりも甚だしい」と舌鋒鋭くキャメロン首相を批判する論評を出した

キャメロン首相個人を批判するなら「パナマ文書の一件で国民からの批判にさらされているから、中国に対して攻撃的に出るのだ」とでも言いたいところだろうが、パナマ文書の「パ」の字も触れてはいけないほどの今の中国ではさすがにNGだ

最近の中国の国際関係についての「切って捨てる型」の厳しい言いぶりは、G7やオバマ大統領の広島訪問だけにとどまらない。

5月20日の台湾での蔡英文が総統に就任したが、それについて『国際先駆導報』が、蔡英文総統の家族は台湾の植民地時代から日本とのつながりが深いので、抗日の意識の台湾の人にとって受け入れられないとか、独身で子供もいないので政治スタイルは感情が入りやすいだとか、甚だしく誤解と飛躍に満ちた書きぶりの論評を出している

これほどまでに舌鋒鋭く他国に対する「切って捨てる型」の批判が最近中国で増えているのには、中国外交の手詰まり感と国内メディアの硬直の表れではないだろうか

南シナ海問題では四面楚歌

 特に南シナ海問題では、中国はまさに四面楚歌だ。昨年10月に南シナ海の領有権についてフィリピンがオランダのハーグにある国際裁判所に仲裁を求めた件について、まもなく最終的な裁定が下される見通しで、大方の見方では裁定では中国にとって不利な裁定になるだろうといわれているベトナムもまた米国との関係改善に動き出し、5月23日のオバマ大統領との会談後、ベトナムのクアン国家主席は「昨日の敵が今日の友になった」とベトナムと米国との関係強化を印象づけて中国を牽制した

また、25日にラオスで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)の国防相会議でも、南シナ海問題を域内の問題とする共同宣言が採択されたさらに今後、6月3日にはシンガポールでアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)も開かれる予定で、ここでも中国の南シナ海進出が焦点の一つになることは確実だ

アジアだけでなく欧州でも、中国の鉄鋼の過剰分の海外での廉価販売の問題について、欧州を中心として中国に対する非難の声が高まっている国内経済ともリンクするだけに、これも中国にとっては舵取りが難しい問題だ

習近平の関心は、外交<国内<党内

 「習近平の意向がすべて」であるので、現状の打破も習近平主席の腹案次第だが習近平主席自身は今、外交よりも国内のこと、それも党内のことにより関心が向いているのかもしれない

中国は来年秋に5年に一度の党大会を控えている第19期の中央政治局委員の人選をめぐる人事の駆け引きは今年から水面下で始まり、様々な思惑が入り乱れる中で「政治」が展開していくことが予想されるつまり、これから来年にかけて中国の政治の世界で外交は二の次になってしまう可能性が高い

中国の外交の担当者や論客らが各国を「切って捨てる型」で批判するのは自国の国際社会における立場の悪化とそれ対する打開策がない中で、それでも習近平主席の意向に沿った行動が求められているというジレンマからもたらされているのではないだろうか

南シナ海について中国は古来より中国の領海だった」と「主観的に語る」ことを続けている。また、経済的なパワーを武器に昨年、一昨年は世界中に影響力を拡大しようとしてきた。これもまた経済的な魅力があれば相手も自分の側につくという主観的な見方にもとづいて各国との関係構築を行ってきたわけだが経済の雲行きが怪しくなってきた今、かつてほどの勢いは失われつつある

「責任ある大国」を自らもって任ずるのが習近平政権の外交スタイルだが、「責任」がなにかはリーダーの主観で決まる「力のあるリーダーのいうことがすべて」というのは中国国内の常識かもしれないが、こうした価値観は世界の常識とは相いれない中国の現政権と国際社会との価値観のズレが中国の国際社会における立場をますます気まずいものにしている

西本紫乃 (北海道大学公共政策大学院専任講師)

Wedge2016.05.31

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