縄文人の人口減は偏食原因か

日本の人口減少が課題となっているが、実は約4300年前の縄文時代にも大きく減った。日本における「最初の人口減少」とも言われ、気候変動による寒冷化が原因とする説が有力だ。しかし、総合地球環境学研究所の羽生淳子教授は縄文人が採取する食物が偏った結果、わずかな環境の変化に対応できなくなったのが原因」という仮説を提唱している人間は縄文時代から、炭水化物に大きく依存して食の多様性を失わせその弊害を被っていたというのだ

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羽生教授は青森市の三内丸山遺跡など縄文時代の遺跡を研究している。同遺跡は約5900年前から1600年続いた集落だ最盛期には数百人が暮らしたという説もあり、縄文時代では最大級の規模だった
「遺跡の人口を詳細に検討すると、寒冷化より前に既に人口が減っているんです」。羽生教授は指摘する。住居跡から推測すると、同遺跡の人口が減り始めるのは約4900年前と、寒冷化が始まったとされる時期よりも600年ほど早い人口減少の理由は、気候変動だけでは説明がつかないというわけだ
羽生教授は出土する石器に注目した獲物を捕まえる弓矢の矢尻に使った石ぞくや植物をすりつぶした磨石(すりいし)など、石器の出土数から当時の食生活が推測できる食生活と人口には相関があるという
約5600~5200年前の同遺跡からは、磨石や石ぞくなどが満遍なく出土し、人々が動物も植物もよく食べていたと推測できるこの間の住居は約30軒を超えなかった。その後、出土する石器の大半を磨石が占めるようになり、クリやトチの実など植物を多く採取したと考えられる住居は増え始めて人口増加をうかがわせる
しかし約60軒以上の住居のあった人口最盛期の4900年前になると出土する石器は石ぞくが多くなり、狩猟で動物を仕留める機会が増加したとみられる周辺の木の実の収穫が減って、炭水化物を主食にできなくなったと推測できる。その後の100年で住居跡は十数軒まで急減し、人口減の局面を迎える。羽生教授は「食の多様性が失われ、わずかな気候の変動でも食物確保をできなくなり、一度は最盛期を迎えた人口も減少してしまった」と考える
縄文時代には人口の大半が東日本に偏る一方、約5千年前の人口は26万人に上るという推定もある。数百人規模の同遺跡の分析をそのまま日本全体に当てはめることはできない。三内しかし羽生教授は「丸山は当時の最大級の遺跡。東日本で起こった出来事を推測する大きな鍵」と話す。その上で「食料の単一化傾向が、縄文時代の人口減少の原因だとすれば、品種の多様性が問題となる農業にも参考になる」と語り縄文人の生活史が現代の課題に通じると強調する

京都新聞2016.04.24

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