相次ぐ地方百貨店の閉店

岩手県花巻市のマルカン百貨店が、7日に閉店した。花巻市に限らず、全国で地方百貨店の閉店が後を絶たず、中心市街地の空洞化が深刻さを増している地域の人口減少や郊外型ショッピングセンター、インターネット通信販売との競合などから、売り上げ減少に歯止めがかからないためだ。後継店が見当たらない地域では、苦肉の策として市役所などが入居し、にぎわいをとどめようとする動きもある。流通科学大商学部の向山雅夫教授(流通論)、中京大総合政策学部の坂田隆文教授(マーケティング論)とも「今後も百貨店冬の時代が続く」とみており、地方都市の苦境はさらに続きそうだ

【その他の詳細な図や写真】マルカン百貨店(岩手県花巻市)

花巻市のマルカン百貨店が7日で閉店

 マルカン百貨店が閉店に追い込まれた直接の理由は、開店から43年目を迎える店舗が耐震診断で改修が必要と判定され、改修費用が億単位に上る見通しとなったこと

マルカン百貨店は1973年の開店。鉄筋コンクリート8階建て、売り場面積約4,700平方メートルの店内では、1~5階で衣料品や家具、生活雑貨などを販売し、市中心部にある上町商店街の核店舗として、市内や周辺自治体から多くの買い物客を集めてきた

市内を一望できる6階の展望大食堂は、琥珀色の照明が昭和の雰囲気を演出し、人気を集めているナポリタンにカツを乗せた「ナポリカツ」や、高さ25センチのソフトクリームが名物メニューとなってきた

3月に閉店が発表されたあと、市民から存続を求める動きが上がった。市内の女子高校生が大食堂の存続を訴えるフェイスブックアカウント「マルカンプロジェクト-msc」を立ち上げ、街頭署名を集めるなどして存続を呼びかけている。

地元で商店街の活性化事業を手掛ける花巻家守舎(やもりしゃ)は、耐震補強をしたうえで内部を改修するリノベーション案を打ち上げた。大食堂をそのままにし、1~5階に物販やオフィスなどテナントを入居させる構想だ。

花巻家守舎は耐震補強や施設整備に必要な初期コストを5~6億円と試算、自社で4億円を調達し、市民らから2億円を募る考えを示した。実現可能かどうかの結論を8月末までに出す。花巻商工会議所は「マルカンは商店街の中核。市民の宝でもあり、再出発を期待している」と述べた

そごう・西武は9月末で旭川市と柏市の2店舗を閉鎖

 セブン&アイ・ホールディングスは傘下の百貨店そごう・西武が運営する北海道旭川市の西武旭川店と、千葉県柏市のそごう柏店を9月末で閉鎖する周辺ショッピングセンターなどとの競争が激化し、業績が低迷しているためだ

西武旭川店は1975年に開業した。地下1階、地上8階建てのA館と地下1階、地上10階建てのB館があり、売り場面積は計約2万4,000平方メートル。日本百貨店協会に加盟した店舗としては北海道北部唯一で、JR旭川駅前と中心商店街の旭川平和通り商店街の核店舗となってきた

しかし、売り上げは1993年2月期の268億円をピークに減少を続け、2009年には一時、撤退も検討した。競合百貨店の閉店で旭川唯一となったため、存続してきたが、旭川駅前にイオンモール旭川駅前が開店し、2016年2月期の売り上げがピーク時の半分にも満たない105億円まで落ち込んだ。

そごう柏店は市街地再開発事業で1973年、JR柏駅前に誕生した。売り場面積は約3万3,000平方メートルで、そごう初の回転展望レストランを本館14階に備え、複数棟を空中の連絡通路で結ぶ当時としては画期的なデザイン。柏市のシンボルとして隣県からも買い物客を集めた

しかし、つくばエクスプレスの開業後、沿線に大型ショッピングセンターの進出が相次ぎ、10期連続で減収に。売り上げはピーク時の1991年2月期に約590億円あったが、2016年2月期では115億円とピーク時の2割に落ち込んでいる。

百貨店閉鎖が中心商店街の空洞化を加速

 地方百貨店の経営難は何も今に始まった話ではない2000年代になって百貨店生き残りの時代が始まり、そごうと西武、阪急と阪神など大手百貨店経営統合による再編が急ピッチで進んだ。

日本百貨店協会によると百貨店全体の売り上げは1991年の約12兆円をピークに減少を続けている。2015年の年間売り上げは約6兆1,700億円ピーク時のほぼ半分でしかない。対前年比でみても、売り上げが伸びたのは、訪日中国人客の爆買いがある東京、大阪などに限定される。北海道は6.1%、東北は4.3%も減った。

その一方で毎年、閉店する店舗が相次いでいる。今年は佐賀県伊万里市の伊万里玉屋が1月、埼玉県春日部市の西武春日部店が2月に閉店した。ともに市内で唯一の百貨店だったが、売り上げがピーク時の3~5分の1に低迷、店舗を維持できなくなった

2015年は熊本県熊本市の県民百貨店、神奈川県川崎市のさいか屋川崎店など、2014年は香川県高松市の高松天満屋、長崎県長崎市の長崎玉屋など、2013年は広島県竹原市の福屋竹原店、広島県呉市のそごう呉店などが閉店している。

百貨店はいわば「街の顔」として、中心商店街や基幹駅前に設けられてきた。ほとんどの地方都市では市中心部の空洞化が問題になっているが、百貨店の閉店がそれに拍車をかけている

和歌山県和歌山市はかつて近鉄、高島屋、大丸、丸正の4百貨店がしのぎを削り合っていた。しかし、大丸、丸正に続いて2014年に高島屋和歌山店が閉店し、近鉄だけとなった。跡地にはディスカウント店やスーパーが入居したものの、商店街は火が消えた状態だ

藩政期から続く中心商店街のぶらくり丁はシャッターの閉まった店が並び、人通りもまばら。和歌山市商工振興課は「大型店の相次ぐ撤退が響いた」と頭を抱えている。

百貨店跡に市庁舎入居、全国で続々

 百貨店跡にスーパーや商業施設が入ればまだ良い方だ。中には一般のオフィスビルへ転用したり、取り壊して駐車場、広場にしたりするところも少なくない。利用方法が決まらないまま、長期間放置されている建物もある

空きビル対策として市役所が百貨店跡へ移る例も出てきた。山口県周南市は2013年に閉店した近鉄松下百貨店跡を3年間の期限付きで仮庁舎として使用している。市役所には毎日、それなりの数の市民が訪れる商店街の中心にある建物で業務することにより、にぎわいを少しでも取り戻そうというわけだ

周南市行政管理課は「税務や福祉、保険、年金など来庁者の多い窓口を集めた。人口が1985年をピークに減少しているだけに、350人の職員が働くことで市の中心部に活気を与えたかった」と狙いを語る。

百貨店跡に市庁舎を入れた例は、栃木県栃木市や宮城県石巻市、北海道北見市でも見られる。栃木市と石巻市は1階に地元スーパーが入居、2階以上を市庁舎として利用している。

北見市はJR北見駅前のきたみ東急百貨店が2007年、閉店したのに伴い、まちきた大通りビルと名づけられた空きビルを購入、2011年に入居した。約300人の職員が常駐し、戸籍や税金などの窓口業務と市議会を置いている。

北見市総務課は「現地は駅やバスターミナルに近い交通の拠点に位置している。人口減少は厳しい状態だが、中心市街地を何とかしたかった」と振り返る

求められる地域独自の活性化策

 ただ、公共施設の移転はあくまで一時しのぎに過ぎない。多くの自治体は他の百貨店誘致を目指しているが、業態として終焉を迎えつつあるとさえいわれる百貨店に自治体や商店街が依存する時点で、自助努力が足りないと指摘する声もある。

中京大の坂田教授は「百貨店依存から自治体や商店街が脱却するのは当然。地域再生に全国画一の手法などないその地域の魅力が何なのかをしっかり分析し、地域独自の集客方法を考えることから始めるべきではないか」と指摘する

地方の人口減少と高齢化は今後さらに進む見通しだ商業施設の誘致はますます難しくなり、買い物難民が増えると予想されている。商店街が宅配や移動販売に乗り出すだけでは、問題が解決するはずもない。地方都市は否応なくコンパクトシティの実現を迫られている

流通科学大の向山教授は「他の地方のコピーでは失敗が待っている。中心市街地の商業集積がそれぞれの都市の中で果たすべき機能と役割を、各自治体はあらためて考える必要があるだろう」とアドバイスしている。

政治ジャーナリスト 高田 泰(たかだ たい)

 ビジネス+IT2016.06.08
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