獲得感なき獲得感→中国格差社会

 最近、中国の新聞や雑誌の内容が、だんだんと面白くなくなっている。だから、昔ほど熱心に読まなくなった。昔は、といっても5年ぐらい前までのことだが、中国の週刊誌や月刊誌はまさに百花斉放の様相を呈しており、「財訊」「新周刊」「南方人物周刊」「VISTA看天下」などの硬派な雑誌がスクープで張り合い、社会矛盾や腐敗問題を掘り起こしていた北京の「新京報」や広州の「南方都市報」などのいわゆる「都市報」と呼ばれる日本でいう夕刊紙は、あれやこれや面白い社会ネタをせっせと報じていた

ところが、習近平指導部の登場とともに党や政府への批判を戒める「七つの”言わない”(七不講)」の導入や、改革派新聞の「南方周末」が厳しい介入を受けた問題などを境に、急激に中国のメディアは元気がなくなり、報道も面白くなくなって、党幹部へのよいしょ記事が増え、部数は減って広告も取れなくなり、有能なライターや編集の人材は流出、廃刊や停刊も相次いでいる

【参考記事】「官報メディア」vs「市場型メディア」~現代中国メディアの読み方おさらい

そういうこともあって、このところ中国のメディアをちゃんとウオッチしなくなっていたので、流行語や新語には昔ほど詳しくなくなっていたこの「獲得感」という妙な造語に気づいたのも、香港の「亜洲週刊」というニュース週刊誌が記事のなかで「こんな言葉もある」と小さく紹介していたからだ

この「獲得感」という言葉実は2015年に中国の流行語ランキングの一位になっている中国では、日本語以上に流行語が持っている社会的影響力は大きい。日本の流行語はたんなるお楽しみの域を出ないが、中国の流行語は社会の変化や動きを真っ先に分かりやすく伝播させる役割があり、中国ウオッチのなかで流行語ウオッチは立派な一つのジャンルであると言うことができる

しかし、知っておかなくてはならないのは、中国の流行語には、二種類あるということだ。一つは「官製流行語」、もう一つは「民製流行語」である。

中国の流行語で最も権威ある認定元は、季刊で語学系の記事を専門に扱う「咬文嚼字」という雑誌である。普段はあまり読まれることがないのだが、年末になると流行語トップ10を発表するのでにわかに注目される。いまのところ信用度がナンバーワンだ。その「咬文嚼字」が2015年12月に発表した「十大流行語」によれば「獲得感」がトップを飾った。この「獲得感」こそ「官製流行語」の最たるものだ

このほかにトップ10に入ったもので、「顔値」というものがあるがこれは「あなたの外見ポイント(イケメン度)はいくら」という意味で、「外見ポイント暴落(顔值暴跌)」とか「外見ポイントが高い(顔值很高)」などと言ったりする。日本のアニメなどで使われる「顔面偏差値」からの変形との説もあり、まさに「民製流行語」であろう

一方、獲得感は、その発生源からして違う。国家主席の習近平氏が、2015年2月27日、中央全面深化改革領導小組第十回会議で、「改革の方法について、金の含有量を十分に示し、人民の群衆にもっと多くの獲得感を持つようにしなくてはならない」と語り、その口火を切った金の含有量」とは、「実際に手にする儲け」のようなニュアンスである。「官製流行語」とは、このようにたいてい指導者や政府や意図的に広めようとして使い始め、メディアが繰り返し引用し、やがて民間レベルに普及するというプロセスをたどる

中国での解釈によれば、獲得感と幸福感の違いは、現実において何らかの利益があるかないかの違いに基づくという幸福感は生活が安定したり、家庭が円満だったりすることによるものだが獲得感は何か具体的なものが手に入ることから生まれる幸福感のように中身があいまいではなく、得たものの価値を実際に量れるもので、新しい消費や生活の改善にも結びつくものだという

【参考記事】「農村=貧困」では本当の中国を理解できない

 指導部の言いたいことは分かる。改革の「紅利(メリット)」が国民すべての層に行き渡るように、ということを実現したいのだ。その指し示すものは、絶望的なほどの貧富の格差、持つ者と持たざる者の不平等が蔓延するなかで、「私も何かを手にしている」と人民に感じてもらわないと、改革開放の正統性、共産党指導の正統性が、疑われてしまうことを恐れているのである。

獲得感という言葉が「官製流行語」の限界を超えてもし中国社会に広がるとすれば、それは、富の分配に共産党指導部が成功した、ということになる逆に広がらなければ、それは問題が解決していないということと同等であろう。そして実際のところ、現状では獲得感という言葉は人民の支持をそこまで「獲得」していないので「獲得感なき獲得感」になっていると言えよう

野嶋剛

ニューズウィーク日本版2016.04.05

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