欧州で注目高まるEVと日本車のCo2問題

フォルクスワーゲン(VW)のディーゼル車が米国の排ガス規制値をクリアするために、排ガスの試験時にのみに機能するソフトウエアを搭載していたことは、世界中のマスコミにより報道された。米ニューヨークタイムズ紙、英ガーディアン紙などその国を代表する新聞も、同社の先行きなどを連日のように報道し、日本の有力紙を含め世界のマスコミが、挙って企業城下町であるヴォルフスブルクの現状を伝える事態になっている

規制値以上の窒素酸化物(NOX)が排出されることにより、健康被害が増加する問題が指摘されているが、車の排ガスはNOXだけではない。地球温暖化、気候変動を招く二酸化炭素(CO2)の排出も大きな問題だ。CO2の排出量に関する数字は、燃費として自動車のカタログに示されている。実際の走行では試験時とは条件が異なるために燃費が悪化することが知られているが、その乖離の度合い、つまりカタログ値の燃費の信頼度も自動車会社、車種により異なることが欧州では指摘されている

欧州で販売されている乗用車の半分近くはディーゼル車だ今後NOXの規制値をクリアするために燃費を犠牲にする可能性もある。燃費が悪化すれば、CO2の排出量が増える車からのCO2排出を効率よく削減、あるいは抑制する日本メーカが得意とするハイブリッドと電気自動車の出番が増える事になるかもしれない

米国のNOX規制とVW車の実測値

 NOXは石炭、石油などの燃焼により排出されるが、車の場合には燃焼方法と排ガス処理方法の違いにより、ガソリン車よりもディーゼル車から排出される量が多くなるNOXは呼吸器系統の健康被害を発生させ、雨に溶ければ硫黄酸化物(SOX)と同じく酸性雨となり、植生に影響を与える

米国では1980年代に中西部地区を主に酸性雨が大きな問題となり、隣国カナダからも抗議を受ける事態にまで発展した酸性雨対策のため米環境保護庁(EPA)は90年の大気浄化法の改正により石炭火力発電所からのNOXとSOXに規制値を設け、排出量取引制度を導入した乗用車、ミニバンなどからのNOXについては、2004年の改正で車の使用期間を通し、平均で1マイル当たり0.07グラム(g)-0.043g/キロ―を超えてはならないと定められた。この基準は欧州委員会の15年式車へのNOXの適用値0.08g/キロと比較しても厳しい値になっている

VWのジェッタなどの米国で販売されているディーゼル車は、排ガスの試験を感知するソフトを搭載し、試験の時には規制値をクリアしていたが、実際の走行時には、燃費を悪くしないためか規制値を大幅に超えるNOXを排出していることが、ウエストバージニア大学の走行試験で明らかとなった

ジェッタの場合には規制値の14倍から35倍のNOXが排出されていた。同大学が実験結果をEPAに報告したことから、EPAによる調査が行われ不正なソフトの搭載が明らかとなった。

NOXが引き起こす健康被害

 不正なソフトを搭載したため、リコール対象になるVWとアウディ車は全世界で1100万台とされている米国では48万2000台が対象だが、英ガーディアン紙によると、米国の対象車が排出するNOXの量は規制値通りであれば毎年1039トンだ。しかし、実際の排出量は毎年1万392トンから4万1571トンに達すると同紙は分析している

米国で販売されている乗用車のうちディーゼル車の占めるシェアは3%にしか過ぎないので、その影響は限定的だが、欧州ではディーゼル車のシェアが高く、影響は大きい欧州が大半を占める1100万台の対象車が排出するNOXの量は年間24万トンから95万トンに達するとガーディアン紙は伝えている

欧州自動車工業会によると、14年に欧州連合(EU)の西15カ国で販売された乗用車1166万台に占めるディーゼル車の比率は、フランス63.9%、英国50.1%、ドイツ47.8%などであり、EUの西側15カ国の平均では、53.1%になっている

米国の12年のNOX排出量は1226万トンであり、今回のVWの対象車により排出されている量は1%以下なので、その影響は大きくない。一方、フランス、ドイツ、英国の12年のNOX排出量は、それぞれ98万トン、127万トン、106万トンであり、VW車の排出量がかなり影響を与えている可能性がある

ロンドンでは大気汚染により年間9500名が寿命を縮めているとの報告もあり、キングスカレッジの教授はディーゼル車の排ガスにより英国では5800名が寿命を縮めているとしている。また、NO2の排出増により心臓と肺疾患の死亡が、それぞれ0.88%、1.09%増加するとの研究結果をガーディアン紙が報じている。

車の排ガスが引き起こす問題にはNOXによる健康被害に加え、CO2が引き起こす地球温暖化がある。VWの不正発覚後、電気自動車メーカー・テスラモーターズのイーロン・マスクCEO(最高執行責任者)は、「世界が真に懸念しなければいけない問題はCO2だ」と発言したと報道されている。

輸送部門と地球温暖化

 地球温暖化を引き起こすのは、地表で反射され波長が変化した太陽光を吸収する温室効果ガスと言われるメタン、フロン類、水蒸気、CO2などだが圧倒的に量が多いのは、石油、石炭などの燃焼に伴い発生するCO2だ。

温暖化問題に対処するためCO2の発生を抑制する様々な試みが行われている。発電部門での再生可能エネルギー、原子力の利用、産業、業務部門での省エネなどだが、輸送部門でも自動車から鉄道利用への変更、電気、ハイブリット、水素自動車の利用、植物由来でCO2を排出しないバイオ燃料の利用などが実用化されている

しかし、どこででも入手可能なガソリン、ディーゼルを利用する車に価格競争力があり、電気自動車などの普及はこれからの課題になっている地域が圧倒的に多いバイオ燃料も製造時のCO2排出、食物との競合の問題があり、普及は簡単ではない

自動車を主体とする輸送部門は先進国では温室効果ガス排出量の5分の1から4分の1程度を占めているEUの部門別温室効果ガスの排出量は図-1の通りであり、輸送部門は全体の24%を占めている。輸送部門のうち自動車は72%を占める。

 EUでは、東欧諸国の市場経済への移行が始まった1990年からエネルギー効率の改善が進み、温室効果ガスが削減された。東欧諸国の効率の悪い設備の更新が行われたためだ。90年の温室効果ガス排出量56億3000万トンは、12年には45億4000万トンまで19%減少するが、輸送部門からの排出量は07年にピークを打ったものの、12年には90年比14%増加している。図-2の通りだ。

欧州委員会と欧州議会は、輸送部門での温室効果ガス削減策として自動車からのCO2排出量に関し、規制値を導入する。

欧州でのCO2規制

 2009年に、15年に発売される新乗用車からのCO2排出量の規制値がEUで初めて決定された。規制値は車の重量により異なるものの平均130g/キロとされ、各自動車メーカーは規制値をクリアするために燃費を向上させることになった

13年には20年の規制値が議論された。自動車大国ドイツの抵抗があり、合意に約5カ月の遅れがあったものの、20年の規制値95g/キロを1年遅らせ21年の達成を目指すことで合意された

欧州で乗用車を販売している各社の販売車種の重量を基に、14年段階で15年基準及び21年基準をどの程度達成しているか、欧州委員会に近いNGO「輸送と環境」(Transport & Environment)が発表している。その結果は、図-3の通りだ。

横軸は車の重量、縦軸はCO2の排出量だ。上の赤い線は15年の重量別の基準値を示している。下の線は21年基準値だ。15年の線より下に示されているメーカーは既に基準値を達成していることになる。各メーカーの丸の大きさは欧州内の販売数量を基にしたCO2の総排出量を示している。

CO2計測値は信用できるのか

 車からのCO2排出量、即ち燃費は、実際の走行時には実験室で計測される、いわゆるカタログ値から悪化することが知られている。カタログ値はエンジンの調整などを最良にして燃料消費を抑えながら走行し計測するためだ

欧州でもカタログ値と実際の走行時の燃費は異なるが、その差はメーカーによりかなり違っている。しかも毎年のようにカタログ値と実測値の差が拡大しているとなると消費者は穏やかではいられない。

「輸送と環境」は“Mind the Gap”(ロンドンの地下鉄の車内アナウンスでよく聞く言葉だが、ホームと電車の隙間に気をつけてという意味だ)というレポートを出しており、CO2のカタログ値と実測値の差に気を付けてと注意を促している

2014年版はまだ暫定値だが、燃費の実測値が計測され示されている。図-4が“Mind the Gap“の元データにあるメーカーごとのカタログ値と実測値の燃費の差を示したものだ。平均では燃費の実測値はカタログ値よりも37%高くなっている(注:欧州では100キロ走行するのに何リットルの燃料が必要かで燃費を表示する。従って、燃費が悪化すると必要な燃料が増え、数字が大きくなる)。問題は、メーカーによる差だけではなく、カタログ値と実測値の差が年々拡大していることにある。2008年から14年のカタログ値のCO2排出量は31g/キロ改善している。実測値も同様に改善すべきだが、11g/キロしか改善しておらず、カタログ値との差は25g/キロから45g/キロに拡大している。図-5の通りだ。

 今回のVWの不正を受け、一部の環境団体からは、燃費、CO2の計測も不正ではないかとの声も出ていると報道されているが、この指摘に応えられるのは走行時にはCO2を排出しない電気自動車(EV)だろう。EUでの14年のEVの販売台数は6万7000台に過ぎず、シェアは0.5%しかない。

しかし、車からのCO2排出量の計測値が注目されるようになり、実測値では改善が進んでいないことに気がつく消費者が増えるに連れ、EVがさらに注目される可能性がある

EU域内でのEVの販売台数1位と2位は三菱自動車と日産自動車だ。14年の販売台数はアウトランダーが1万8030台、リーフが1万400台だ。自動車の排ガス問題を契機に、トヨタ自動車のハイブリッドを含め日本車が欧州でさらに注目されることになるかもしれない。

参考 Wedge 2015.10.16

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