日豪、潜水艦の共同開発は幻

 4月27日、豪州政府は、海軍の次期潜水艦「Sea 1000」として仏DCNS社のバラクーダ型を選定したと発表した2014年に当時のアボット首相から安倍首相にそうりゅう型潜水艦の技術提供が持ちかけられ、日本では官邸主導で日米豪による潜水艦協力を拡大し、中国の海洋進出を牽制するという戦略的観点から準備が行われてきた。その後豪州側の国内事情で、日本は仏独と共にコンペに参加することになり、最終的には日本がハシゴを外される形に終わった

中国に技術が流れなくて良かった」 安堵の声もあるが…

 日豪潜水艦共同開発への期待が高まっていたため、失望もまた大きかった。日本の一部には豪州に対する不満と不信が高まり、中国の圧力に「親中派」のターンブル政権が屈したとする見方も広がっている他方、虎の子の潜水艦技術を豪州に提供し、中国に流れる可能性がなくなったことを安堵する声も聞かれる。だが、このような見方が広がれば、中国の影響力の過大評価につながり、中国を利して日豪の戦略的利益を脅かすことになる。日豪は今後も防衛協力を強化すべきだが、そのためにはなぜ潜水艦共同開発が失敗したのか、その理由を考える必要がある

今回の選定結果を受けて、中谷防衛大臣は「選ばれなかった理由の説明を求めていく」と述べているが、実際には2015年の秋頃から、豪州の現地メディアではフランスが有利との情報が流れていた。アボット首相は日豪の潜水艦協力を戦略的観点から考えていたが、豪州国内では現地生産による経済効果を重視する声が強かった経済政策の失策を批判されたアボット首相が途中で退任し、ターンブル政権に代わったことも、日本が後ろ盾を失ったことを意味していた

「Sea 1000」の総事業費は、12隻の建造費とその後の維持費用を含めて、500億豪ドル規模(約4兆円)とされているフランス政府は、390億ドルで提案し、豪州国内に2800の雇用が創出されることになっている。与野党の支持率が拮抗する中で、7月の両院解散を発表したばかりのターンブル首相が、バラクーダ型の採用を潜水艦建造の拠点となる南部アデレードで発表したことは、国内要素が大きかったことを暗示している

だが、日本は潜水艦技術を豪州に提供することに当初慎重で、現地生産にも消極的だった。このため、経済効果という観点からみて日本の提案は望ましいものではなかった。日本も昨年秋から現地生産に前向きな姿勢を示し、中谷防衛大臣がアデレードを訪問するなど官民を挙げた売り込みも強化したが、劣勢は覆せなかった。日本は日豪の戦術訓練に参加するためそうりゅう型潜水艦をシドニーに寄港させたが、同潜水艦が帰路に立つ中、フランス案の採用が公式に発表されることになった

輸出を支える国内体制が整っていない日本

 選定結果が公表される直前、現地メディアでは、日本が海外向けの防衛装備品を生産した経験がないために選考から外されたとする報道があった。日本政府は2014年4月に、それまで武器輸出を事実上禁じていた武器輸出三原則に代わる防衛装備移転三原則を閣議決定した。日豪潜水艦共同開発は、この新原則の下で初の大型案件として期待されていた

だが、新原則ができても、装備品の構想から研究開発、取得、維持・整備を一元的に管理する防衛装備庁ができても、日本の防衛産業はまだ海外への輸出に慎重で、輸出を支える国内体制も整っていない。さらには、契約を勝ち取るために必要な情報とロビー能力も不十分である。このような状況で、最も敏感な潜水艦のステルス技術の移転を初の案件として進めることには、はじめから無理があったと言わざるを得ない

豪州政府はバラクーダ型を採用する理由として高度なセンサーやステルス性能、そして現行のコリンズ型に似た航続距離と耐久性が豪州のニーズに最も適していることを挙げ、コスト、スケジュール、実施能力、ライフサイクルを通じたサポート、そして国内産業の関与という観点もふまえて決定したとのみ発表している

豪州が1980年代に採用した現行のコリンズ型潜水艦は、「失敗作」とされ、「海中のロックバンド」と揶揄されるほど静寂性に問題があった2009年の国防白書で、このコリンズ型に代わる潜水艦の建造が打ち出され、今年3月の国防白書で12隻の新型潜水艦を建造することが最確認された。同白書では、新型の潜水艦は地域において優越を保ち、米軍との相互運用性を保つとされている。最初の潜水艦は2030年代始めに導入され、すべてがそろうのは2050年頃とされている

過大な提案をしたフランス艦は大丈夫か?

 フランスの提案内容は、バラクーダ型原子力潜水艦の動力源を小型のスコルペヌ型潜水艦に搭載している通常動力に置き換え、プロペラの代りにジェット水流推進機関、強力なソナー、ハイドロプレーンを応用した抵抗と走行ノイズの減少などの性能を有したものとなっているフランスの提案はカタログ上は理想的に見えるが、原子力潜水艦の推進装置を通常動力に切り替えることやジェット水流の採用を含め、フランスは自国の潜水艦にさえ搭載していない技術を提案している実現には多くの技術的課題を克服しなければならないだろう

潜水艦が12隻になれば、水上戦闘艦の隻数と同数になるそうなれば海軍の戦略と作戦運用に大きな転換が必要となるが、豪州海軍にその準備は整っていない潜水艦に関して言えば、豪州にとっては日米との戦略的連携よりも、コリンズ型の失敗を繰り返さず、とにかく動ける潜水艦を作り、長く運用したいという切実な事情があるそうりゅう型はすでに運用実績があるが、2050年以降の運用も考えるなら、フランスの提案する新しい潜水艦の方が豪州のニーズに合ったのだろう

潜水艦は通常3隻が1組となり1隻は任務、1隻はメンテナンス、1隻は訓練を行うこのため、12隻の潜水艦を導入しても常時任務につけるのは4隻に過ぎない4隻でインドネシアからパプアニューギニアにつらなる列島線、南太平洋、そしてインド洋をカバーするのは至難の業だ豪州が南シナ海で中国の潜水艦を牽制するようなことはあまり期待できないしかも、12隻そろうには2050年まで待たなければならない

他方、日本の潜水艦は米海軍の潜水艦と協力して、冷戦期はソ連の潜水艦の、そして現在は中国の潜水艦の太平洋へのアクセスを牽制する戦略的な役割を担ってきた中国の潜水艦増強が続く中、海上自衛隊は従来16隻だった潜水艦の数を22隻に増強している最中で、東シナ海から南シナ海により多くの潜水艦を投入することが可能になる豪州は日本にとって準同盟国と呼べるほど重要なパートナーとなったが、潜水艦に限れば、運用に関する考え方の違いから協力が難しいのが実情だ

日豪の認識にあった大きな差

 日豪潜水艦共同開発が幻に終わったのは日豪双方の目的と認識に大きな差があったからだ日本が重視していた対中牽制という戦略的利点を豪州は必ずしも重視していなかったし豪州が抱える国内事情を日本は十分理解していなかった。日本はまた、防衛装備移転三原則の下で、輸出を行うための国内体制が整っていなかった。そして何より、日豪の間で、潜水艦の運用と能力に対する考え方が大きく異なっていたことが大きかった今回の結果はなるべくしてなったものと受け止めるべきだ

日本はまず、今回の失敗に学び、防衛装備輸出に関する国内体制の整備を急ぐべきだ。その上で、実現可能な案件を成功させる必要がある。インドへの救難飛行艇US-2の輸出が1つの候補ではあるが、インド側がコストの高さを問題視している一方、モディ首相の掲げる「Make in India」政策も障害となっているため、早期に実現する見込みは薄い代わりに哨戒機P-1や輸送機C-2を早期に量産体制に移行させ、これらの輸出を官民一体となって促進する方がより現実的ではないか

また、潜水艦共同開発が失敗したからといって、日豪の防衛協力を後退させてはならない日豪は情報収集・偵察・監視、ミサイル防衛、水陸両用能力、F35の整備などの面で、まだまだ協力の余地が残っている精密誘導弾の共同備蓄も検討されるべきだ。また、現在準備されている訪問部隊地位協定が締結されれば、さらなる日豪および日米豪の訓練や演習の機会が増大する。このように日豪関係を強化することによって、地域秩序に対する中国の挑戦により効果的に対処していかなければならない

小谷哲男 (日本国際問題研究所 主任研究員)

Wedge2016.05.08

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