日本最古の埋立港確認

滋賀県長浜市西浅井町塩津浜の塩津港遺跡を発掘調査していた県文化財保護協会は9日、平安時代後期(12世紀)の本格的な港湾施設の遺構が出土した、と発表したくいを打ち込んだ「垂直護岸」や石を敷き詰めた「傾斜護岸」など、高度な土木技術を使い、埋め立てて造成された港湾施設の確認は国内で初めてという
調査は国道8号塩津バイパス工事に伴い、2012年度と14年度に約600平方メートル、地表から4メートルの深さを発掘した
遺構は平安後期の1120年ごろから約60年の間で少なくとも7回、埋め立て工事が行われ、琵琶湖に向かって27メートルの間が1・5メートルかさ上げされていた木のくいが高さ1メートル、長さ20メートルにわたって隙間なく埋め込まれた垂直護岸や湖面に向かって斜めに石を敷き詰めた傾斜護岸、幅2メートルある水路や桟橋の一部とみられる遺構も出土した当時としては高度な土木技術で造成されており、これらの遺構から、幅1・5メートル、長さ12メートルはある船が横付けしていたと考えられるという
同協会によると、古代から中世の港湾遺構は青森県の十三湊遺跡などが知られるが、自然の地形を利用したもので、本格的に造成された港湾施設の確認は塩津港が初めてという北陸から米や海産物の乾物などの物資がいったん敦賀(福井県敦賀市)に集まり、陸上の最短ルートを通って琵琶湖北端の塩津港を経由し、水運によって京都へ運搬されていたことが裏付けられたとしている
遺跡からは12世紀の石製のすずりや木製の物差し、スギ製の箸や漆塗りのわん、女性の整髪用具も出土。こうしたことから塩津港が港湾施設だけでなく港町として栄えていたと考えられるという
塩津港は古代から「万葉集」や「延喜式」にその名が登場し、京都へ通じる北陸道の重要な拠点として知られていた。だが、港の遺構は2012年の調査まで不明だった。同協会の横田洋三主幹は「埋め立てて造成し、船が直接着岸できる港湾施設の出土は国内初。土木史や経済史を考える上でも重要な遺跡になる」としている。
出土品は11日~17日に近江八幡市の県立安土城考古博物館で、18日~8月31日に大津市の県埋蔵文化財センターでそれぞれ公開される。
■湖底に沈み保存される
水野章二・滋賀県立大教授(日本中世史)の話 塩津港は日本有数の物流の拠点と言われていたが、ほとんど研究されていなかった。長い間湖底に沈んでいた影響で保存状態が良く、しっかりとした護岸や都市機能があることが分かった。本格的な土木工事を伴った港として確認できた最初の事例といえるだろう。

 

 

参考 京都新聞 2015.07.09

 

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