新薬、もうすぐ使える新薬

1年前ならあきらめるしかなかった患者の命が、新薬によって救われている。これまでは考えられなかった効果を持つ薬が、次々と開発されているのだ。知らないと損をする最新情報を、徹底調査した。

1年でも長生きすれば、その間に新薬が開発され、不治の病とされていたものが「治る」可能性も出てくる。医学の進歩とはそういうものだ。

グリオーマと呼ばれる悪性の脳腫瘍。非常に予後悪いがんだ。手術でできる限りがんを切除することが基本的な治療法となるが、周囲の脳組織に浸潤したがんを取りきることは難しい。

「手術の後に、放射線と抗がん剤治療を同時に行うのですが、手術の傷痕がきれいになってからでないと放射線は当てられない。悪性度の高い脳腫瘍の場合、手術の傷痕が治るのを待つ間に再発してしまうこともあるんです」(立川病院脳神経外科部長・矢崎貴仁氏)

再発した場合、さらに状況は厳しいものとなる。もう手の施しようがない―医師からそう告げられ、患者はあきらめるしかなかった。この、手術から放射線治療までの「空白の時間」が、患者の命を奪ってきた。

だが昨年、この「空白の時間」を埋める画期的な新薬が登場した。「カルムスチン」がそれだ。

手術で腫瘍を取ったところに、貼り付けて置くシールのような抗がん剤です。貼ったあと、薬の成分が徐々に染み出してがん細胞に直接作用する。放射線治療までの間に再発するのを抑えられるのです。実際、これを使うことで患者さんの予後はよくなっていると感じています」(矢崎氏)

じつはこの薬は、テレビ朝日系の人気医療ドラマ『ドクターX』にも登場している。天才外科医・大門未知子でさえも「取りきれない」と判断した悪性脳腫瘍の男性患者に、カルムスチンを使用し、見事、彼の命を救ったのだ。ドラマの世界だけでなく現実にも、この新薬によって命を長らえた患者が多数存在している。

腹腔鏡手術、ロボット手術、陽子線治療といった機械を使った治療だけでなく、「薬」の分野でも、がん治療は飛躍的な進歩を遂げている。

近い将来、早期のがんであれば、手術をせずに薬だけで治せるようになると思います

虎の門病院臨床腫瘍科部長の高野利実氏はこう話す。カルムスチンのように使い方が新しいだけでなく、新たな成分の開発によって、「よく効く」薬が次々と開発されているからだ

新たに出ているがんの治療薬は、ほとんどが分子標的薬です。これは、がんの増殖や転移に関わる分子に『標的』を絞って、がんを叩くもの。これによって、これまでは薬の効果が期待できなかったがんでも、うまく抑えられるようになってきているのです」(高野氏)

がんだけではない。いま、製薬業界では、昔では考えられなかったような「変革」が起きている。脳卒中や心臓病から生活習慣病まで、あらゆる病気に対して、世界中で新薬の開発が進んでおり、薬の恩恵を受ける患者が増えている

花粉症が劇的に改善

 これからシーズンが始まる花粉症。長年、悩まされている人に朗報だ。

これまで花粉症には、症状を抑える薬しかありませんでしたが、今年10月に販売が開始されたシダトレンという薬を使った舌下免疫療法を行えば、根本的に治すことができるようになったのです」(ながくら耳鼻咽喉科アレルギークリニック院長・永倉仁史氏)

治療法は非常にシンプル。薬を舌の下に垂らし、2分間口の中に溜めておいたあと、飲み込むだけ。それを1日1回、毎日続ければいい。永倉氏が続ける。

この薬は、スギ花粉のエキスを抽出したものです。花粉症の方は、スギ花粉が体内に入ると、それを敵だとみなして排除しようとアレルギー反応を起こしてしまいます。原因となっている花粉そのものを少しずつ投与していくことで、徐々に体を慣らし、敵ではないことを認識させていく。すると、スギ花粉のシーズンが訪れてもアレルギー症状を起こさなくなるのです

臨床研究としてこの治療法を行ってきた永倉氏は、この薬の効果を実感しているという。永倉氏が診ていた中学1年生の女の子は、 11年12月からこの薬の服用を開始し、年明けの花粉シーズンから、目のかゆみが少なくなるなど症状が改善された。その後も治療を続けると、 13年のシーズンには花粉の飛散量が多かったにもかかわらず、鼻水もほとんど出なくなったのだ。

私が診た患者さんのうち、2年継続した方の約9割に効果が見られました。そのうち1割の方は、花粉シーズンのピーク時でも症状がほとんど出ないほど改善したのです」(永倉氏)

毎日欠かさず薬を服用しなければならないが、これまで毎年花粉に苦しめられていた人にとっては夢のような薬と言えるだろう。

岐阜薬科大学客員教授で薬剤師・博士(薬学)の近藤剛弘氏が言う。

「薬がどのように作用して病気に効くのか、その仕組みが徐々に明らかになってきて、これまで治すことのできなかった病気を根本的に治せる新薬も出てきました。その象徴的なものが、シダトレンでしょう。花粉症だけでなく、さまざまな病気に対して、より良い新薬が開発されています」

現在でも日本人の死因の第3位となっている脳卒中。毎年、約13万人もの人が命を落としている。この脳卒中を予防するために、画期的な新薬が登場した

エドキサバン、リバーロキサバン、アピキサバン―「新規経口抗凝固薬」と呼ばれる血液を固まりにくくする薬だ。不整脈の一種である心房細動の患者は、心臓で血栓ができやすく、それが脳に流れて脳梗塞を起こしやすいのだが、それを防ぐために使われる。

「脳梗塞の予防には、ワーファリンという薬が古くから用いられていますが、処方するには月に1度の血液検査が必須で、検査結果によって薬の量を調整しなければならない。ビタミンKを含む納豆などを食べてはいけないという食事の制約もある。その点これらの新薬は、血液検査も食事制限も必要なく、飲む量は1日1~2回と決まっていて使いやすい。とくにリバーロキサバンやアピキサバンは、脳出血を起こしにくいというデータが出ています。従来の薬の欠点がすべてカバーされているのです」

画期的な「ピカ新」とは

 脳卒中や心臓病の引き金にもなる糖尿病。生活習慣によって引き起こされる病にも、新薬はある。「ピカ新」と呼ばれ、注目を集めたイプラグリフロジンだ。今年4月に保険適用となった。

「『ピカ新』とは、従来の薬とは構造も作用も異なり、まったく新しい治療効果を持つ『ピカピカの新薬』のことです。それを生み出すのは非常に難しいことですが、需要もあり利益も大きいので、多くの製薬会社がピカ新の開発を狙っているのです」(サイエンスライター・佐藤健太郎氏)

今年の「ピカ新」の目玉となった糖尿病治療薬・イプラグリフロジンとは、いったいどんな薬なのか。東京健康長寿医療センター糖尿病・代謝・内分泌内科医長の千葉優子氏が解説する。

「従来の糖尿病薬とはまったく違う働きをする薬です。インシュリンの分泌を調整するのではなく、腎臓の尿細管に働いて、糖とナトリウムの再吸収を阻害する。余計な糖分を尿に排出して血糖値を下げるのです。このため、体重の増加も抑えられます。利尿作用もあるため、血圧を下げる効果もあります

リスクをどう考えるか

 これまでにない恩恵を受けられるのなら、なんとしても新薬に頼りたい―そう思うのが患者の人情だろう。ただ、新薬は新しいからこそリスクもある。患者に投与した実績が少ないため、思いがけない重篤な副作用が出る場合があるのだ

「イプラグリフロジンをはじめとした『SGLT2阻害薬』と呼ばれる薬の場合、利尿作用が高いため、脱水による脳梗塞のリスクが高まります。高齢者の場合はとくに気をつけなければなりません」(千葉氏)

実際、今年の9月半ばまでにSGLT2阻害薬を服用した患者で5人の死亡例が報告された。また、前立腺がんの治療薬として今年9月から発売されているカバジタキセルでも、投与された約200人の患者のうち、5人が死亡している

このリスクをどう考えるか。新薬のように効果が高い薬ほど強い副作用が出る傾向にあり、使い方を誤れば命を落とす恐れもある。一方、新薬の投与によって5人が死亡したことは事実だが、残りの195人はこの薬の恩恵を受けているというのもまた事実。死亡の可能性があるのなら、効果は低くても安全を取りたいという人もいれば、病と闘わずに死ぬくらいなら2・5%のリスクを取ってでも、新薬にすがりたいと考える人もいるはずだ。

「同じ薬でも、人によって効果や副作用の出方は異なります。医師と薬剤師が協力して使い方を考えていくのと同時に、患者側も、ハイリスクでもハイリターンを求めるのか、自分がどんな医療提供を受けたいのかを考えていく必要があるでしょう」(前出・近藤氏)

その上で、新薬を使いたいと思ったのなら、どうすればいいのか。

「薬の適応条件をクリアしてさえいれば、新薬は投与してもらえます。ある程度大きな総合病院であれば、経験豊富な医者がいるので、問題なく受けられるでしょう」(聖路加国際病院呼吸器内科非常勤医/浅草クリニック副院長・内山伸氏)

医療は日々進歩し、選択肢はそれだけ増えていく。その恩恵が受けられるか否かは、治療法を選ぶ患者次第でもあるのだ。

参考 現代ビジネス 2015.01.01

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