抗日軍事パレードから見える6つの問題点

● 「仕方ない、ここは北京ですから」 閲兵式をひかえた市民たちの本音

2015年9月2日お昼すぎ、北京の天安門広場から約10キロ離れた北三環路付近にあるモンゴル料理屋に入ると、真っ暗な店内にぽつりと立っていた女性の店員から「今日は営業しません」と告げられた。理由を尋ねると、

「明日午前、北京では閲兵式があります。前日のお昼、夜、当日のお昼まで休みで、夜から通常営業になります」

このように回答してきた。閲兵式は軍事パレードとも呼ばれる。

「3食分も休まなければならないとなると、お店の収益にも少なからず影響が出るでしょう。大丈夫ですか? 」私は続けてこのように問うた。

ここは北京ですから

仕方がないといった面持ちであった北京は中国共産党政権にとっての総本山であり、ここでは何よりも政治のロジックと必要性が重んじられるという意味であろう。この店員によれば、北京当局は前日と当日のお昼まで休業するように“通告”してきたのみであり、相談の余地はなく、かつそのせいで生じ得る損失に対する補助金も一切払われないとのことであった

同日夜、北三環路の片隅に身を寄せていた私は、閲兵式を約14時間後に控えた北京の街々が真っ暗に染まっていく雰囲気を感じていた。公道を一緒に歩いていた中国の知人は、「ここで経済は重要じゃない。心境は様々だろうが、皆共産党の言うことを聞くのだ」と呟いていた

空を見上げると、星々がいつになく輝いていた。

● 「抗日戦争勝利」から70年 閲兵式で目にした元老たちの姿

9月3日午前、青い空と白い雲に包まれた北京で閲兵式が開催された。私は北京市内のテレビ画面でその模様を観ていた。本稿では、中国共産党が“中国人民抗日戦争兼反ファシズム戦争勝利70周年記念式典”と題した舞台のなかで敢行した閲兵式を眺めながら、私が注目したケースを6つ取り上げ、そこから導き出されるインプリケーションにも踏み込んでみたい。本連載の核心的テーマでもある中国民主化研究とはすなわち中国共産党研究であり共産党の動向を追跡する意味において、“9.3大閲兵”は貴重なケーススタディになるはずである

1つ目が中国共産党の“高層政治”についてである。閲兵式に際して、中国共産党の指導者や海外から出席した首脳陣が天安門上に登ったが、そこには“現役”の国家指導者たち以外に、中国共産党の最高意思決定機関を構成する政治局常務委員を経験した元老たちの姿もあった。たとえば、

習近平総書記が就任以来目玉政策として反腐敗闘争を進める過程において、幾度となく議論の対象となってきた大物政治家である。三者のファミリーやネットワークがどこまで切り崩されるのかという問題は、反腐敗闘争がどのくらい深い領域まで浸透するのかという謎と同義語であり、その意味で、この三者が抗日戦争勝利70周年という記念式典において“健在”していたことは、1つのファクトとして見るべきであろう。

とりわけ、89歳になった江沢民元総書記の“元気な姿”は印象的であった。私には、習近平が江沢民、そして前任者である胡錦濤元総書記に対して一定程度気を遣っている政治の空気が感じられた。総書記就任以来、80人以上に及ぶ中央次官級・地方副省長級以上の高級官僚を“落馬”させていた習近平であるが、最近では、「なぜ自分に近い人間は落馬させないのだ? 」といった不満や批判の声も共産党体制の中から聞こえてくるようになっている

権力闘争を相当程度固めてきたとされる習近平でさえ、いつ、どこで“政敵”から足元をすくわれるかは定かではなく、これまで以上の慎重さとバランス感覚で党内の安定と融和を推し量っていかざるを得ない状況にあると言える。江沢民・李鵬・曽慶紅の健在ぶりと、江沢民・胡錦濤に対して遣っていた気は、習近平が決して独断的に共産党政治をリードしていけるわけではないという真実を物語っているようであった

ちなみに、凛とした表情で、背筋をピンと伸ばした温家宝元首相は、相変わらず、といった様子であった

● 閲兵式の主な目的が“抗日” であることを示す2つの観点

 2つ目が“抗日”に関してである。閲兵式が開催される前夜、北京をはじめとする論壇では「“9.3大閲兵”は対日本なのか? 」という議論が広範に展開されていた。体制内にいるか体制外にいるかは問わず、大部分の知識人たちは「閲兵式は日本に向けたものではない。大国として発展する中国が抗日戦争に勝利した歴史を胸に刻み込み、前を向いていくためのものだ」という論調で語り合っていた。そこには、中国の大国意識というよりは、日本との関係を重視する共産党指導部の意向も一定程度反映されていたように私には思われる

一方で、2つの観点から閲兵式の主な目的と背景が“抗日”にあることは否定しようがないようにも思われる。

1つが、2014年2月27日に全国人民代表大会常務委員会が採択した「毎年の9月3日を中国人民抗日戦争勝利記念日とする」という決定を共産党指導部が行った翌年の閲兵式を、同日に開催したという事実である。仮に閲兵式の重点を“抗日勝利”よりも“国威発揚”に置くのであれば、9月3日ではなく、中華人民共和国建国の記念日である10月1日に開催するのが筋というものであろう。ちなみに、今回の閲兵式以前、中国が建国以来行ってきた14回(1949、1950、1951、1952、1953、1954、1955、1956、1957、1958、1959、1984、1999、2009)に及ぶ閲兵式は、すべて10月1日に行われている

もちろん、式典そのものの名称と意義が“中国人民抗日戦争兼反ファシズム戦争勝利70周年記念式典”にあったことを顧みれば、このイベント自体を9月3日に行うのは中国共産党からすれば“必然”であろうし、海外の首脳が“集結”した舞台で同時に閲兵式を行うことで、お披露目した兵器の8割は初公開という中国の最新の軍事力をデモンストレーションしたかったという下心はあったのだろう。その意味で、“抗日勝利”と“国威発揚”という2つのファクターは“紅い糸”で密接につながっていたと言える。換言すれば、中国共産党は、国力を誇示する際には、引き続き抗日→建国→発展というロジックを持ち出してくるということでもある

2つに、私は閲兵式の早朝から中国中央電視台(CCTV)の“抗日勝利70周年”特集番組を観ていたが、そこには同戦争に参戦した老兵たちのコメントを含め、日本がいかに中国に対して残虐なことをしたか、それに対して中華民族がいかに抗戦したかという“歴史”が赤裸々に、繰り返し描かれていた。9月6日、私は一旦北京を離れるべく首都国際空港に居たが、空港内のテレビで流れていたCCTVの番組では、式典から数日が経過しているにも関わらず、依然として抗日戦争勝利70周年の番組が放送、あるいは再放送されていたこれだけ大規模に“抗日”がプロバガンダされれば、中国人民の間で“抗日”の意識が蔓延するのは阻止できないと思ったものだ

ちなみに、中国の人々が日常コミュニケーションに使用するSNSであるWe chatでは、「国家が抗日戦争勝利を記念する前後3日間は日本へ観光に行くな! 」といった呼びかけもなされていた。私は2005年や2012年に中国全土で巻き起こった“日貨排斥”運動を不意に思い出していた。

● ロシアと韓国に見る出席の思惑、 戦略的に距離を置いた米国の強気

3つ目が対外関係である。中国外交部が8月25日に発表した統計によれば、今回の閲兵式には合計49ヵ国の代表(うち、アジアの首脳14名)が出席するとのことであった。その後、中国メディアは「招待した国家のうち、日本とフィリピンだけが来ない」というニュースを広範に流していた米国の同盟国という観点から“米国陣営”を世論的に牽制する動きのように私には映った

一方、主要国と言われる国家の首脳が出席したのは、ロシアのプーチン大統領と韓国の朴槿恵大統領のみであったフランスは外務大臣を派遣したがその他の西側先進国は日頃から北京にいる駐中大使のみが出席した米国を筆頭に、実質的に9.3大閲兵を“無視”した形となった

CCTVの画面を眺めながら、私は共産党指導部があまりにも露骨にプーチン大統領と朴槿恵大統領をクローズアップする光景に違和感を隠せなかった習近平と並んで歩いたり、笑顔で雑談する様子が度々映し出されたプーチンに関しては、“中ロ接近”という地政学的現状が前面に押し出されているし、朴槿恵に関しては、中国が経済力に依拠して韓国を“取り込んだ”という側面が濃厚に炙り出されていた

まるで、中国に寄り添ってくれるお友達はロシアと韓国しかいないかのように

西側の主要先進国の国家指導者が出席せずプーチンと朴槿恵をあそこまで露骨に目立たせた背後には国際社会での孤立を恐れる我が国指導者の危機感がにじみ出ている

中国共産党内でイデオロギー工作を担当する幹部は、私にこのように語った。

4つ目が対米関係である。前述のように、オバマ大統領率いる米国政府は、大統領はおろか、特使すら閲兵式に派遣しなかった中国にとって、同じ“戦勝国”として“反ファシズム戦争”を闘った米国は“同盟国”であったはずなのに、そんな式典に米国は興味を示さなかった。それどころか、戦略的に距離を置いていた。中国の人々たちの言葉を借りれば、メンツを与えなかった

この事実は中国の対米政策・関係という観点からすれば大いなる不安要素であり、とりわけ米国が中国共産党の歴史認識・解釈や政治・イデオロギー工作には乗らないという現状、そして米中協力・連携はあくまでも経済貿易、人文交流、環境政策といった機能的な分野に限定して進めていく展望を、露呈しているようであった

 9月下旬には習近平国家主席の米国公式訪問が控えるなか、米中間では訪問時の首脳会談や協定締結などを巡って水面下で攻防が繰り広げられている今回のホストは米国側であり、習近平国家主席の米国滞在期間中に然るべき厚遇を獲得すべく、中国側が米国側に対して懇願するという構造が直近の両国間外交交渉には横たわっているそのような優勢下において、米国側は自らの意思をはっきりと示したとも言えるだろう

● そもそも抗日戦争を領導したのは 共産党ではなく国民党ではなかったか?

 5つ目が台湾問題である。中国が閲兵式を開催する前日、同じく“抗日戦争勝利70周年”に際する談話を発表した台湾の馬英九総統は、次のような発言をしている。

「近年、“だれが抗日戦争を領導したのか”という問題が国内外の焦点となっている中国共産党はこれまで自らが抗日戦争を領導したこと、共産党軍が“中流砥柱”(筆者注:堅固で支柱の役割をする人や集団を指す。“砥柱”とは黄河急流の中にある山の名前。抗日戦争期間中、毛沢東が「共産党が領導する武力と民衆は抗日戦争の中流砥柱となっている」と主張したのが由来とされる)だったことを自称し当時の国民政府が全国軍民による8年の抗戦を領導した歴史と貢献を軽視している我々はそれを非常に遺憾に感じてきた

中国共産党が抗日戦争に参加したことを我々は一度も否定していないが中国共産党が主導的な地位ではなく、補助的な地位にいたこともまた事実である

「歴史の真相は1つである。抗日戦争は国民政府の蒋介石委員長が全国軍民の厳しい闘いを領導した成果だということだ

しかしながら、中国共産党のマウスピースとされる中国中央電視台(CCTV)の特集報道では「抗日戦争の勝利は中国共産党による正しい領導によってもたらされた」という点を大々的に強調していた。閲兵式の前後にも、中国世論では同様の論調が支配的で、たとえば7月22日、中国人民解放軍機関紙の解放軍報は“中国共産党による中流砥柱の作用は抗日戦争勝利の決定的な要因であった”という文章を、9月12日、党機関メディアの中国共産党歴史網は“中国共産党の中流砥柱の作用を深く認識すること”という文章をそれぞれ掲載している

10年前の2005年9月3日、胡錦濤総書記(当時)は“抗日戦争勝利60周年”談話にて、「中国国民党と中国共産党が領導した抗日軍隊は、それぞれ正面戦場と敵後戦場の作戦任務を担い、共同で日本の侵略者の戦略態勢に対する反撃を形成した」という歴史観を披露した。これに対して、前出の馬英九談話は「大量の史料が公開されるに連れて、抗日戦争期間中、正面・敵後を含めて、国民政府が終始領導的な地位にあったという歴史的事実が明らかになっている」と胡錦濤談話をピンポイントで牽制している

ここで私が主張したいことは、当時の日本との闘いを巡って、中国共産党と中国国民党、もっと言えば、中国と台湾の間には明確な認識ギャップが存在しているということだこのギャップが中台関係の未来にどのような影響をおよぼすのかを巡って、私は台北と北京にて、それぞれの関係者に話を聞いたことがある

共産党が国民党の領導的地位を認めず改ざんした歴史をプロバガンダし続ける限り、両岸関係の根本的な進展は難しく、“統一”などあり得ない」(台湾総督府幹部)

我が党の指導部も自らが歴史を曲げていることはわかっている。ただ、共産党による領導的地位をプロバガンダしてきた経緯から、今さらにそれを“間違っていました”というわけにはいかない事情がある将来的に台湾との統一を図るのであれば、台湾側の立場と主張を尊重する形を取らざるをえないだろう」(共産党関係者)

● 習近平は“宣伝システム”を巡る権力 をまだ掌握できていないのでは?

6つ目が、共産党のプロバガンダに関してである習近平総書記が閲兵式で行った談話は、胡錦濤前総書記が10年前に行った談話とは異なり、中国共産党と中国国民党どちらが抗日戦争を領導したかには言及せず、主語を“中国人民”としていた

私には、台湾との関係や国民党の存在、及び全世界が注視している閲兵式という場面に配慮した習近平なりのバランス感覚であるように思われた。一方で、この習近平談話と前出のCCTVによる特集報道や党機関メディアによるプロバガンダとは、比較的顕著なギャップが存在する

このギャップはどこから来るのであろうか?

単刀直入に言って、私自身は、習近平が党内におけるイデオロギー・プロパカンダを含めた“宣伝システム”を巡る権力・権限を掌握できていない現状に、その原因を見出している習近平政権の第一期の宣伝システムを統括するのは劉雲山政治局常務委員・元中央宣伝部長と劉奇葆現宣伝部長であるがこの2人が主導している宣伝システムは習近平の思惑どおりに機能しておらず、習近平が意図しないトーンで宣伝部が暴走するケースも目立つとされる。私から見て、今回の閲兵式におけるプロパガンダや、少し前に日本でも話題になった党機関紙《光明日報》によって作成され、国営新華社通信によって配信された、日本の天皇に対して“謝罪”を要求するような記事(8月26日)は、その典型である

軍部同様、宣伝システムを掌握することは共産党政治にとっては核心的に重要とされてきたが、習近平やその親族をよく知る太子党関係者は次のように私に語る。

軍部における権力基盤をほぼ掌握したいま、習近平はこれから宣伝システムにおける権力の掌握に乗り出している

特に対日関係を巡ってその機能や問題点が浮き彫りになってきた宣伝システムを、習近平がどのように、どこまで掌握するかという問題は、中国の国家イメージや共産党にとっての政策の幅を左右していくに違いない

2015年4月~8月、合計10の省・直轄市・自治区における宣伝部長が異動している(湖北、広西、青海、吉林、四川、陝西、天津、上海、チベット、広東)習近平が宣伝システムを動かそうとしている1つの根拠として、注視すべきであろう

参考 ダイヤモンド オンライン 2015.09.15

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