悲観的なシンガポールの官僚たち

未来を予測することのみが職責

 いくら優れているからといっても、歴史も体制も人口も違う外国の事例を、日本がそのまま真似をすればいいとは思わない。しかし、これだけはすぐにでも真似すべきだと強く思うものがある。それはシンガポール政府の「Future Group」だ

Future Group」とは朝から晩まで四六時中、あらゆるシナリオを用意し、国の未来を考えることに没頭している特殊な部署だそれが各省庁に配置されていて、首相府にはそれらに横串を刺す組織もある

近々、そのメンバーが来日する。現在、政府間で調整をしているところだが、官僚では設定できないアポイントを私に依頼してきたので、私の大事な友人たちを紹介することにした。

自国の未来を徹底して悲観視する

 彼らとの出会いは昨年の初夏にさかのぼる。ある日、友人の欧州系巨大PEファンドトップの紹介で一本のメールが送られてきた。ざっと次のような内容だった。

 「私たちは**省の人間で、シンガポールの未来をできるだけ正確に予測しようと日夜、シンガポール在住の外国人知識人にお会いして議論させていただいています。先日、**氏から田村さんのことをお聞きしました。ついては資料を送らせていただきますので、お目通しいただいた上で、以下のテーマに関して議論させていただきたく存じます」

 私は「こちらの時間をタダであげるのだから、高い給料をもらい、おそらく自信満々のシンガポール官僚をギャフンと言わせてやるか」と意気込んで、シンガポールに関する悲観的なシナリオをいくつも用意してやろうと決めて準備を開始した

 さっそく送られてきた資料を開いてみると、そこにはシンガポールの経済・財政・地政学上の課題が数字を含めて列挙されていた。それに目を通して驚いた。おいおい、待ってくれ。これじゃあ誰だって悲観的になってしまうじゃないか・・・。ひょっとして彼らは、私のように彼らに挑戦するためにあえて悲観的になろうとしている外国人よりも、ずっと悲観的に準備しているのでは? 
 実際に会って議論をしてみると、私の予感は的中した。なんと彼らは、私が用意した渾身の悲観シナリオよりもよっぽど悲観的な未来像を想定していたのだ! 

 しまいには「そうはいってもあなた方はたった50年でこんな素晴らしい国を作って、まだあぐらをかかずに改革を進めて頑張っているじゃないか。もっと自信をもっていいんじゃない?」と励ましている自分がいたくらいだ。

 

国父リー・クアンユーの遺伝子

 は決してシンガポールの未来を楽観視しているわけではない。しかし、私がシンガポールについてコラム等で紹介すると、「所詮は小国だ」「独自の文化も歴史もない」などと、大国日本の知識人として少々大人げない態度で反応してこられる評論家がいらっしゃる

だが、そういう方々には「心配ご無用!」と申し上げておきたい。

というのは、シンガポールに来たことがなく、英語も使えず、取材不十分で、古い伝聞情報依存のあなた方より、当のシンガポール政府の方がよっぽど地に足のついた形で”悲観的”だからだ

彼らは「シンガポールはアジアという大海に浮かぶ小舟である」ということを重々承知している。そして、調子のいい時ほど悲観的に考える訓練を、国父リー・クアンユーさんから叩き込まれ、自国の未来を悲観視することをシステム化しているあえて悲観的に考え、しっかりと準備してこそ、国民に希望を持たせることができるということを理解しているのだ

自国の未来に対して世界一「悲観的」なシンガポールの官僚たち 受け継がれるリー・クアンユーの遺伝子

写真:現代ビジネス

日本にこそ未来予測部隊を!

 これを私の友人の日本の閣僚・国会議員に伝えたところ、「いいね。俺も日本でそういうことをやりたい」という反応が返ってきた。悲観的に将来を予見し、現在の束の間の成功に対して挑戦的に疑問を投げかけ、将来に向けて地に足のついた準備を続けることによって初めて、希望は現実のものとなる。日本でも、わかる人はわかっているのだ。

 政治家の仕事は国民に希望を与えることなので、自国の明るい未来を国民に語り続けるのは当然だ。ただ、明るい未来を創るにあたって、常に現状を批判的かつ悲観的に捉えながら準備していくのは、とても大事な作業である

日本の将来課題を正確に分析するための専門人員は、配置しておいた方がいいと思う

友人の官僚たちも同感のようだ。

「本当にうらやましい。官僚の本来の仕事は世界の変化の中で日本の未来を考えることだ今の日本の官僚は事件事故対応や国会対策などに忙殺され過ぎている

日本国こそ、24時間、朝から晩まで日本の未来を考え続ける部門を持って、政府与党に建設的な警告を発していかないといけない

こういった議題が今週からの通常国会で出てくるように、私の友人たちに紹介しておいたのだが、政府のみならず、党内でも大いに議論してもらいたい。

『シンガポール発 最新事情から説く アジア・シフトのすすめ』
著者=田村耕太郎
(PHPビジネス新書、983円)

日本とアジアの長所と短所を冷静に把握したうえで、アジアの熱風を感じつつ、時代に合った形でアジアの活力を取り入れる――そのための最高の素材として活用できる1冊。 田村 耕太郎

参考 現代ビジネス 2016.01.08

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