前立腺がんをどう守るか?

精液の一部をつくりだし、排尿機能をサポートする、男だけの器官、前立腺近年、その病に罹患する日本人が急増し、新たな国民病となりつつある。クルミ大のこの部分に「男の寿命」がかかっている

40を過ぎると大きくなる

 「最初におかしいなと感じたのは、オシッコの出方でした残尿感が強く、頻繁にトイレに行くようになったんですもう一つは、セックスのこと60歳になっても週に一度はセックスをしていましたし、朝立ちもあった。それが急に立ちが悪くなって、朝立ちもしなくなった

最初は仕事のストレスのせいだろうと思っていたのですが、検査をしたところ異常値が出て、『前立腺がん』、しかもステージIIIで手術は難しいといわれました

命に関わるがんと診断されたのはショックでしたが、同時にセックスや排尿といった男の沽券にかかわる部位のがんだということで、余計に落ち込みました。死んだら元も子もないとはいえ、もう立たないのかという不安ばかりが募る毎日でしたね」

こう語るのは、都内の機械メーカーで取締役を務めていた林竜也さん(仮名、67歳)。61歳のときに前立腺がんがみつかったが、治療が成功し、現在も元気に生きながらえている

立つか立たないか―いくつになっても男にとっての死活問題だ。前立腺の病にかかった男性にとって、真っ先に頭に浮かぶのは「生きるか死ぬか」ではなく、「これからもセックスできるのか」という不安だというのもうなずける。東京慈恵会医科大学泌尿器科の頴川晋教授が解説する。

手術で前立腺を摘出したからといって、必ずしも勃起機能自体は失われません。しかし、精液の量は減りますし、射精の感覚も変わってきます。患者が『手術後にセックスの障害が生じるとは思わなかった』といって、問題になることもよくあるのです」

手術が成功し寿命が5年延びたとしても、男性機能が失われていれば生きている価値もない多少余命が短くなっても、最期まで男としての活動を続けたい―そんな風に考える男性は意外に多い健常な前立腺はわずか15gほどのクルミ大の器官。その小さな器官が男の尊厳と生きがいを左右する重要な役割を担っているのだ

そして現在、その小さな器官に発生する病が、日本人にとっての「国民病」になりつつある

代表的な病気は前立腺肥大症と前立腺がんだ。

肥大症の患者は治療を受けている人の数が約45万人潜在的な患者数は400万人と見積もられている

一方、前立腺がんの患者数も急増中で、国立がん研究センターの推計によると’00年~’04年には年平均約3万人だったものが、’20年~’24年には年10万人を突破し、現在、男性の罹患数でトップスリーである胃がん、肺がん、大腸がんを抜いて、「日本人男性がもっともよくかかるがん」になると見られている

これほどメジャーな病気になり、誰もが他人事ではありえないのに、前立腺の役割やその病気について理解している人は意外に少ない。そもそも、前立腺とはどのような器官なのか。前出の頴川教授が解説する。

「前立腺の主な機能の一つとして、精液の約3割を占める前立腺液をつくることが挙げられます射精直後の精液は女性の生殖器内に長くとどまるように粘り気のある液体ですが、数分ほどするとサラっとした液体になりますこれは前立腺液の中にふくまれるPSAという成分によるもので、精子はサラッとした液体となることで、卵子に向かって自由に進むことができるようになるのです

前立腺のもう一つ大事な役割が排尿に関するもの前立腺の周囲にある筋肉が、弛緩と収縮を繰り返すことによって、尿の出具合を調整しているのです

生殖と排尿というデリケートで重要な役割を担う、まさに「男の急所」である前立腺が肥大するのは老化現象の一種で、これといった予防策がなく、年を取れば誰もが向き合わざるを得ない問題だ。原因の一つとして男性ホルモンの影響が指摘されているが、決定的な解明はなされておらず、いまだ謎が多い

昭和大学藤が丘病院副院長で泌尿器科教授の佐々木春明氏が語る。

前立腺は40歳を過ぎる頃から徐々に大きくなっていきます。果物のみかんをイメージするとわかりやすいかもしれません。みかんの皮はそのままで、内部の実が大きくなる。すると皮の中はパンパンに膨れ上がり、間にあった尿道のスペースを圧迫しますそうなると排尿時間が長い、キレが悪いなどの症状が出てきます

射精感」が損なわれる恐怖

 多くの高齢者が、オシッコが若い頃のように出ないと感じているが、日常生活にさして支障がないと、「もういい歳だから……」と考えて、受診しない人が多い。だが、肥大症を甘く見ていると、大変な目にあう。

「極端なケースでは、通常約15gの前立腺が10倍の150gにも肥大することがあります肥大が高じると尿がきちんと排泄されず、膀胱や腎臓にばい菌が回って、炎症を起こすことがあります。ひどい場合には腎不全になることもある」(前出の頴川教授)

肥大症の治療は、いくつかあるが、それほど症状が重くなければ、薬物療法が一般的である尿道の筋肉を緩めるクスリを服用することで尿を出やすくしたり、肥大症の原因の一つと目される男性ホルモンをブロックするクスリを服用したりする

ただし、後者は勃起障害(ED)の副作用があるので要注意だ。また、ノコギリヤシのような生薬を飲むこともあるが、効果が表れるのに数ヵ月はかかるし、その程度も人によって大きく異なる

内服だけで問題が解決しない場合は、手術をすることもある。一般的なのは、内視鏡とメスを尿道からいれて肥大した前立腺組織を切り取るTURP(経尿道的前立腺切除術)という方法男性なら誰しも想像したくない手術方法だが、意外と痛みは少なく、傷跡も残らないただし、前立腺は精液の一部を作っている器官なので、切除すれば精液の量が減るなど、問題は生じる

また、勃起機能自体は必ずしも損なわれないが、精液が膀胱内に逆流する「逆行性射精」が起こることもあるそうなると精液が尿道を通過するときに感じる「イク」快感が失われるため、セックスの満足度は大きく下がってしまう

前立腺がんと肥大症は尿の出が悪くなるという症状が共通しているため、簡単に見分けがつかない。冒頭の林さんのように、検査をして初めてがんだとわかるケースがほとんど無症状のまま骨に転移するので、腰痛などの痛みを感じたらすでに手遅れというケースも少なくない

検査法は血液中のPSAの値を測定するというもの前出のように前立腺液内にはPSAが含まれるが、腫瘍ができると血液中のPSA値が高まることがわかっている。前出の林さんが語る。

「私は毎年人間ドックを受けていましたが、PSA検査のオプションをつけていなかった。それで発見が遅れたことは間違いありません」

PSA診断は人間ドックのオプションで2000円ほど出せば受診できる45歳を過ぎて、排尿機能の衰えを感じ始めたら、定期的に検査をしたほうがいいだろう

前立腺がんが見つかったときの治療法もいくつかある。比較的早期の発見で、前立腺内にがんがとどまっているときには、手術で根治を目指すことが多い。開腹手術が一般的だったが、最近では、下腹部に小さな穴をあけ、小型カメラを入れながら行う腹腔鏡手術や、さらにはロボットを使って行う手術も増えてきた

あえて治療をしない選択も

 ロボット手術の第一人者である新百合ヶ丘総合病院の吉岡邦彦氏が語る。

前立腺の周囲には隙間がなく、前には大血管、横には筋肉、裏には直腸が張り付いており、手術の際に直腸に穴が開いたり、大量出血する危険性がある開放手術ではさらに傷口が大きくなり、回復にも時間がかかる。また腹腔鏡手術は、立体感を把握しながらの手術が非常に難しい

そのような難点を克服するために米国で開発されたのが『ダ・ヴィンチ』システムというロボット手術ですこの術法だと、退院翌日からゴルフができるほど回復が早く、勃起機能障害や高度な尿失禁といった合併症を起こす可能性もかなり低い

手術の次に一般的なのが放射線治療これには、放射線を出す小さな線源を前立腺に埋め込む「内照射」とピンポイントで外から放射線を当てる「外照射」がある。前出の林さんは、外照射の一種で先進医療の重粒子線治療を行った

前立腺の重粒子線治療は保険適用でないので、300万円もかかるのですが、私の場合は先進医療保険に入っていたため、すべて保険が効きましたおかげで宣告された余命の5年を過ぎても健康でいられます最近では朝立ちも回復してきて、主治医に報告したら、隣で聞いていた看護師さんに驚かれましたよ」(林さん)

他の治療法としては、肥大症の場合にも行われるホルモン療法がある。これは転移進行がんで、すでに手術による完治が難しい場合に行われることが多い

前立腺がんは男性ホルモンによって増殖するので、ホルモンの分泌を抑制しようとするわけだ。もっとも、この方法は男性機能の障害を伴うことになる。男性としての尊厳を保つ器官が、男性ホルモンの働きで病気になってしまうとは、なんとも皮肉な現実だ

最後の方法としては、とりあえず経過を観察する「待機療法」80代以上の高齢で、手術に要する体力が足りない際は、術後の生活の質の低下を避けるために、とりあえず経過観察にするというケースが多い

それ以外にも前立腺がんは、比較的進行が遅いことが多いため、手術する体力があっても、「男の急所」を守りぬきたいという思いから経過観察を選ぶ患者もいる

長生きすれば、前立腺の病気を避けて通ることは難しい。だが、前立腺の健康を保つための秘訣も少しずつわかってきた

日本人のあいだで前立腺がんが急増している理由ははっきりしていませんが、食生活の変化が一因と考えられますかつて納豆や味噌を多く消費していた時代には、日本人に前立腺がんは少なかった大豆はイソフラボンを大量に含んでおり、この物質は女性ホルモンと同様の作用がありますから男性ホルモンの抑制につながります。あとは血管の老化を防止することが、下半身の健康にはなにより重要。月並みですが、適度な運動、規則正しい食事、ゆっくりお風呂に入ることがいちばんです」(前出の佐々木教授)

いつまでも、「男」として生き生きと暮らしたいなら、前立腺の健康を気づかって過ぎることはない

「週刊現代」2016年4月23日号より

現代ビジネス2016.04.24

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