初の赤字に転落→韓国ポスコ

1969年、韓国鉄鋼大手ポスコの前身、浦項製鉄の朴泰俊(パク・テジュン)元社長は裸足でハワイ・ワイキキビーチを海辺を歩いていた天気は穏やかで、砂は足を刺すように熱かったが、表情は苦悩に満ちていた

資金はどこで確保すればよいのか」―。朴社長は浦項製鉄所の建設資金を借り入れるために訪米したが断られた資金を提供するはずだった米国人が申し訳ないと言って、ハワイのコンドミニアムで休んでいけと言ったのだったぼーっと海を見ていた朴社長の脳裏に突然、韓国政府が日本から得た戦後補償資金のことが浮かんだ。すぐに朴正熙(パク・チョンヒ)大統領に電話をかけると、「使ってもよい」との答えが返ってきた

問題の資金は日本の植民地支配に対する補償金に当たるものだった朴社長は社員に対し、「製鉄所は祖先の血の代償で建てるものだ。失敗したら皆で迎日湾に沈んで死ななければならない」と語った寝る間も惜しむ工事の末、1973年に製鉄所が完成した。浦項製鉄は92年に朴泰俊氏が退任する時点で、鉄鋼生産能力を年2100万トンにまで引き上げた生産初年度に46億ウォンだった利益は92年には1852億ウォンまで膨らんだ。「鉄の神話」と呼ばれた

神話の裏にはある原則があった。負債比率を80%以下に抑制したことだった。また、政治による介入で経営判断を行うことを避けた朴泰俊氏は「自分の力の90%を外部からの圧力を防ぐことに使った」と振り返った。辞表を胸に青瓦台(韓国大統領府)を訪ねたこともしばしばだった。アジア通貨危機が到来すると、負債抑制の原則が効果を発揮した

大企業の負債比率が最高で400%を超える中、ポスコは100%にも満たなかったポスコは通貨危機の年に7000億ウォンの黒字を出した。ポスコ以外で黒字だったのはサムスン電子だけだった

そんなポスコが昨年、初の赤字を記録したという「ウォン安が進んだ上、原材料価格が下落し、世界の鉄鋼業界はどこも苦しかった」というのが会社側の説明だ。しかし、投資家は雪だるま式に膨らんだ系列企業の赤字の方が問題だとみているポスコは昨年までに系列企業19社を売却したが、現在も46社を抱えている

前会長の在任中に海外投資、企業の合併・買収を繰り返した新事業の失敗がブーメランとなって返ってきた

新事業に挑戦して失敗したことを非難はできない。しかし、事業拡張の動機が政治的外圧によるもので、それを推進した経営者が政権実力者によってポストに就いたものだとすれば話が違ってくる2000年に民営化されて以降も政権が交代するたびに時の政権に近い人物が会長に就任した朴泰俊氏の退任以降、後任の経営者が相次いで政治に染まり、長年守った原則が崩壊してしまった一時は5兆ウォンを超えた社内留保も底を突き、サムスン電子を超えていた株価も半分にまで下落した

先代の血と引き換えに成し遂げた「鉄の神話」を復活させるためには、政界の外圧を阻んだ経営原則から取り戻すべきだ

参考 朝鮮日報  2016.01.20

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