共産党はもたない→法にもとづく国家統治

10月に開催された中国共産党の第18期中央委員会第4回総会(4中全会)は「法に基づく国家統治(依法治国)を全面的に推進する」との決議を採択した。昨秋の3中全会で「全面的に改革を深化させる」との方針を決めたことに続き、習近平国家主席(総書記)の目指す政策の方向性が徐々に明らかになってきた。

習主席は政権発足以来、安全保障を統括する国家安全委員会の設置などで権力の集中を進める一方、自己批判のための生活学習会の開催など左派的な政治手法を採ってきた。「和楷(調和)社会」の実現を掲げ、温家宝首相との二人三脚で政権運営を進めた胡錦濤前主席とは、かなり色合いが異なることは確かだ。

憲法の枠内での人権擁護などを求めて穏健な活動を続けてきた「新公民運動」の関係者を弾圧し、普遍的価値観や報道の自由などを主張することを禁じるなど強権的政治手法が目立った

対外的には東シナ海や南シナ海への進出を強め、日本やベトナム、フィリピンなど周辺諸国との関係を悪化させ内外で高圧的な習政権の手法に対する警戒感が高まった

しかし、「虎もハエもたたく」と汚職摘発キャンペーンを推し進め、江沢民元国家主席ら長老を抑え込む形で権力掌握を果たしたことで、「こわもて」とはまた別の習カラーが見えてきたように思う。

それは、このままでは共産党政権がもたないという危機感を背景に、改革に取り組もうとしていることだ。3中全会の決定では「市場資源配分で決定的な役割を発揮させる」ことを明記し、「国家治理(ガバナンス)システムと能力の現代化」を目標に掲げた

高度成長路線が限界に突き当たる中、市場も政治システムも先進的な構造に転換しなければ、いっそうの発展が困難になるという認識が背景にある。

共産党政権の正統性を曲がりなりにも支えてきたのは経済成長だ。国民生活を豊かにさせることができなければ、基盤が揺らぐ

その構造改革を支える柱として4中全会で打ち出したのが「法治」だ。政府機関や国有企業が市場で特権的な力を持ち、公権力が容易に富に結びつく構造は腐敗の横行につながっているだけでなく、市場の健全な発展を阻害している

さらに司法や警察への権力の介入が公正な秩序を妨げ、庶民の不満を高めている

司法改革を進め、これまで地方政府の影響下にあった地方の裁判所や検察を切り離し、省の枠を超えた最高裁の巡回法廷を設置することなどを盛り込んだ

役人に「法治」のたがをはめ「市場の決定的な役割」や「現代的なガバナンス」を実現しようというわけだ

むろん、「法治」といってもあくまで中国式だ。「中国の特色ある社会主義的法治」と位置づけられている

日本では「法治」と言えば、「法の支配」(rule of law)を指すことが自明だが、中国では「依法治国」「以法治国」という「法家」思想の影響が色濃い

習主席自身、法治の重要性を説く際に「法を奉ずる者強ければ則(すなわ)ち国強く、法を奉ずる者弱ければ則ち国弱し」という韓非子の文章を引用している「法家」を代表する戦国時代の思想家だ

権力を法で縛る意味を持つ「法の支配」とは異なり、韓非子ら「法家」の言う「法治」は君主の統治の道具として法を使うとの意味合いが大きい

法で縛られるのは君主ではなく、臣下や国民なのだ

 ◇共産党の指導が「法治」の前提

4中全会の決定には「法治」の前提として「共産党の指導」という言葉があちこちにちりばめられている

共産党支配の枠内での「法治」という点で韓非子と共通するものがあることは否定できない

韓非子の思想を高く評価し、統治に利用したのが秦の始皇帝であり、毛沢東だ。このため、中国国内にも韓非子を「あらゆる独裁者の教師」などと嫌う知識人が少なくない。韓非子を引用した習近平主席の強権的体質と結びつける議論もある

しかし、4中全会で打ち出された「法治」の推進を共産党による統制強化の手段とだけ見るのでは、習近平改革の本質を見失うと思う。共産党体制維持のための改革ではあるが、これまで既得権益層の抵抗で進まなかった改革を力と権威で推し進めようとしているのだ

汚職摘発キャンペーンを推し進め、「聖域」とされてきた政治局常務委員経験者の周永康氏や軍制服組トップの徐才厚氏を汚職で立件したのも単なる権力闘争ではありえない。軍、治安機関、石油閥などの既得権益層にメスを入れることにつながっている。

長期的には、民主主義なき「法治」が成功するかは疑問だ。産業構造の高度化やガバナンスの現代化という目標のハードルも高い。容易にはゴールにたどり着けないだろう。しかし、習近平体制が現在の中国が直面している政治的、経済的な課題について深く分析した上で、改革に踏みだそうとしていることを軽視はできない

参考 毎日新聞 2014.11.14

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