九州出土の瓦→中国産と型や成分一致

福岡市博多区や鹿児島県の遺跡群などで出土した12世紀ごろ(平安末期~鎌倉初期)のものと見られる瓦が、中国浙江(せっこう)省の寧波(にんぽー)で発掘された瓦と型や成分が一致したと、鹿児島国際大学の中園聡教授(50)=考古学=らのチームが9日、発表した寧波で生産され1000キロ以上離れた九州に運ばれた可能性を示しており、海上交通の要所だった寧波を拠点とした交易(日宋貿易)や文化交流の解明に結びつく成果といえそうだ

中園教授らは博多遺跡群と寧波で出土した同年代の瓦に含まれるカルシウムやマグネシウムなど八つの元素を分析し、成分が一致することを確認三次元形状解析で模様や形状が一致することも証明した箱崎遺跡(福岡市東区)の中国系瓦も文様の一致が三次元解析で判明した。さらに、鹿児島県南さつま市と三島村から出土した瓦も寧波のものと元素の成分が一致した

宋時代の中国瓦はボタンなどの花の文様が特徴同じ型で作られた瓦は「同笵(どうはん)瓦」と呼ばれ、これまでも博多と寧波の様式の類似性が指摘されていた。中園教授は「中国の輸出品に瓦が含まれていた可能性が出てきた。南さつま市と三島村は貿易の中継地点だった可能性が浮上した」と述べた。

中園教授によると、瓦は寺院などで使われたとみられ、12世紀は寧波などで禅宗を学んだ臨済宗開祖の栄西らが日本で普及を始めた時代にあたるその過程で寺院建築も中国の様式を取り入れたと推測できるという

中国瓦に詳しい福岡市埋蔵文化財調査課の常松幹雄課長(58)は「日中の中世研究にも影響を与え、日宋貿易の実態解明にもつながる証明貿易拠点の博多などに住んでいた宋の人が故郷を思うよすがとするため、中国から瓦を運んでお堂やほこらを建築したと考えられる」と話した。

参考 毎日新聞 2015.07.09

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