中国共産党→日本を評価

中国共産党中央党校の機関紙である学習時報は22日付で「日本:公害解決先進国に育った道」と題する記事を掲載した一時は深刻な環境汚染に苦しんだ日本が、農民や市民の力、中央政府に率先して対策を進めた地方自治体、さらに、法を整備し厳格に適用したことで、問題を克服したと論じた。中央党校は中国共産党の幹部養成機関で、理論的支柱とされる。学習時報の記事は、中国共産党中央の意向を反映していると考えてよい。  記事はまず、日本では近代化を始めた明治時代から環境汚染が始まったと指摘。代表的な例として鉱山開発による水質汚染や大気汚染を挙げた。そして、鉱山周辺の農民が反対闘争を行い、議員も法廷闘争を行ったと説明。ただし、当時の日本は挙国一致で急速な工業化を目指しており、反汚染闘争は「国家に反逆する敵対行為」とみなされたと紹介した

戦後は国土開発と石油エネルギーを基礎とした経済と大型の都市計画が進んだと説明。その結果、各地で深刻な環境汚染が発生したと伝えた。その上で、日本における環境問題の解決には、代表的な3つのパターンがあるとの見方を示した。  まず北九州市を例に挙げた。同市は八幡製鉄所の街とも呼ばれ、平均して1世帯あたり1人の男性が同製鉄所で働いていたと紹介。深刻な環境汚染に対して立ち上がったのは家庭の主婦や学校の教師で、最終的には企業側が技術力を向上させることで環境問題を解決すると約束したために両者が和解。その後、北九州市は日本における環境模範都市とされるに至ったと紹介した

次に、四日市市のケースを紹介。深刻な環境汚染に対して三重県と厚生省が調査を行い、市政府と企業を被告とする裁判が実施されたとの経緯を披露。全国の企業からの積立金なども得られるようになり、患者の治療と大気汚染の改善がされるようになったと説明した

記事は最後に、東京都の例を取り上げた。東京都では1970年半ば以前に、国よりも厳しい排気ガス規制を設けていたと紹介。そのため東京都の大気の状態は急速に改善したが、石油危機の後にはディーゼルエンジンの問題で再び大気汚染が深刻になった状況を伝え、1998年から石原慎太郎都知事が同問題に積極的に取り組んだため、21世紀初頭に東京の大気に含まれる微粒子量も基本的に基準を満たすようになり、大気汚染の原因物資のひとつである窒素酸化物についても大きな改善を見るなど、東京都は大気汚染の克服で明らかな成果を上げたと紹介した

記事は日本における環境汚染の解決について「比較的完全な法体系をつくり、あわせて厳格に実行したこと」と強調。「政、官、財、民のすべてが法治という線路の上で公害問題に向き合い、処理することができた」と紹介した

さらに「日本の国家体制により、革新自治体は中央政府に先駆けて、公害問題を処理していった」と紹介。  記事は日本の国家体制について「(日本では)地方の首長、議員、法が定めるその他の官僚は、住民の直接選挙で選ばれる。このような体制により、地方における政治にたずさわる人物は住民の訴えに直接向き合い、速やかに対処することになる。従って、東京都、大阪府、神奈川県など地方自治体は速やかに公害防止条例を制定した。(地方の動きが)中央政府の法や環境基準制定の後押しをすることになった」と紹介した。

記事は最後の部分で、環境問題に対する日本国民の意識の向上を指摘した。企業側は当初、環境対策のために資金を投入することを嫌がったが、住民と地方自治体の強い圧力と、賠償問題が発生すればより多くの金銭が必要となる考えから、汚染対策を進めるようになった」、「汚染物質削減のための新技術開発が、経済成長をもたらす場合も出た」などと指摘した

参考 SearChina  2014.12.24

 

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