中国で起きる→宗教がらみの社会問題

世界中で同時多発的に進行する「宗教」の消滅。次に見て行くのは、アジアの大国・中国だ。人類滅亡の予言が受け入れられるその背景には、広がる格差の影響がみられる。「全能神」、「法輪功」など中国の新興宗教とはどんなものか。「ポスト資本主義時代」の宗教の未来を暗示する長期連載、7回目。

中国で支持された「人類滅亡」

 おそらくほとんどの人は知らないだろうが、2015年9月3日に人類は滅亡するという予言があった。
もちろん、その期日は過ぎてしまったので、予言は的中しなかったことになるわけだが、2015年9月には世界が水没すると予言していた人たちもいた。
予言のことは知らない人でも、2012年に人類が滅亡するという予言があったことは覚えているのではないだろうか。
そう、「マヤの予言」というやつだ。
古代のメキシコで栄えたマヤ文明では、いくつかの暦が用いられていたが、マヤ文明には歴史が循環していくという考え方があり、暦も、周期を区切る長期暦になっていた。その暦が、2012年の12月21日から12月23日頃に一つの区切りを迎えていたことから、そこで人類は終末を迎えるのではないかと考えられたのである。

アメリカでは、この予言をもとに、『2012』という映画が作られ、ヒットした。日本でも初登場1位を飾るなど、そこそこ当たった。
ところが、この映画がアメリカや日本以上に大ヒットした国があった。それが中国である。この映画が公開された2009年には、興行成績の第1位を獲得した。2012年に人類が終末を迎えるという映画が大ヒットしたということは、そうした予言に信憑性があると感じた人たちがいたことを意味する。
日本の場合にも、1973年に起こった「オイル・ショック」の直後に、1999年7月に人類が滅亡することを予言する『ノストラダムスの大予言』(五島勉、祥伝社ノン・ブック)が大ベストセラーになった。翌年には映画も公開されて、これも大ヒットし、『ルパン三世 念力珍作戦』との二本立てだったが、興行成績の第2位を獲得した。
この時代に、ノストラダムスの予言を知った子どもたちのなかには、自分たちは1999年までしか生きられないと信じるようになった者たちが少なくない。後に彼らはオウム真理教に入信していくことになるが、高度経済成長の終わりを告げるオイル・ショックが巻き起こした不安は、人類社会の滅亡を信じさせるまでに至ったのだ

中国の「新興宗教」とは?

 中国の場合、2008年の秋には、「リーマン・ショック」が起こり、やはりその影響を強く受けていた。そうした状況のなかで、2012年に人類が滅亡を迎えるという予言が信じられたわけだが、「全能神」という中国の新宗教の教団は、『2012』の映画が大ヒットして以降、終末論を説くようになっていく。これも、日本で、オイル・ショックの後に、1999年に人類が滅亡するといった終末論を説いた「新興宗教」が台頭したのと共通している。
この全能神は、キリスト教系の新宗教で、1991年に黒竜江省において趙維山という開祖によって創始された。これは、政治的にもかなり過激な集団で、中国共産党を「巨大な赤い龍」と呼んで批判し、それを倒して新しい政府を打ち立てると主張した。したがって、中国政府は、この教団を「邪教」と認定し、その取り締まりを行った。
2012年に人類が滅亡するという予言を利用して、全能神は信者を集めたが、それによって中国政府からは反政府活動の疑いをかけられ、幹部など1000人以上が拘束された。
しかし、最盛期で信者は200万人を超えたと言われる。組織の規律は厳しく、脱退者を厳しく処罰するための専門の部署までもっているため、抜けるのが難しいとされている。
2014年5月28日には、山東省招遠市にあるマクドナルドの店内で、全能神の信者6人が、入信を拒否した女性を殴り殺すという事件まで起こしている。

政府を驚愕させた「法輪功」

 こうした中国の新宗教ということでは、「法輪功」のことが思い出される。
法輪功については、中国政府が徹底的な取り締まりを行い、反対に、法輪功の側は、それが弾圧であると厳しく抗議を行っているため、正確にどういった集団で、なぜ取り締まりを受けたか分からないところがある。
法輪功は吉林省長春市出身の李洪志という人物が1992年に立ち上げた気功の団体であり、李自身は1996年にアメリカに亡命してしまった
法輪功の存在が中国内外で広く知られるようになるのは、1999年4月25日に起こった事件を通してだった。この日、中国政府や共産党の要人が住む中南海を、法輪功のメンバー1万人が突如取り囲むという出来事が起こったのである。
それは、中国社会科学院の学者が法輪功を糾弾する論文を発表し、メンバーのなかに逮捕者が出ているという情報が伝わったからで、それに抗議するために法輪功はそうした行動に出たのだった。

メンバーは、口コミやインターネットを通して指令を受け取り、少人数で中南海に集まってきた。そのため、突如、1万人もの集団が現れたという印象を与え、中国政府を慌てさせたのである(古森義久『北京報道七〇〇日―ふしぎの国の新聞特派員』PHP研究所)。
中国では、そのちょうど10年前の1989年6月4日に、学生たちが中国の民主化を要求して天安門に集結し、武力によって弾圧された「天安門事件」が起こっている。その経験があるだけに、中国政府は法輪功に対して強い警戒感をもった。なにしろ、政府要人のなかにも、その信者がいるとされたからである。
日本の戦後社会でも同じだったわけだが、経済発展が続いていくと、経済格差が生まれ、さまざまな社会矛盾が噴出する。日本の場合には、創価学会をはじめとする日蓮系の新宗教が台頭し都市の下層民を吸収していった。また、知識階層の予備軍である学生たちの叛乱が続いたわけだが、中国でも事態は同じである
法輪功がその勢力を拡大していったときにも、経済格差が拡がるなかで、それに取り残された人々が法輪功に救いを求めたと指摘された。日本の場合には、新宗教が弾圧の対象になったわけではないが、中国の場合には、宗教に対して否定的な共産主義の政権であるということもあり、厳しい弾圧へと結びついていったのである
それは、全能神に対しても同様である。

マルクスは宗教を嫌っていた

 共産主義思想を19世紀後半に体系化したのが、カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスということになるが、マルクスは、「宗教は、逆境に悩める者のため息であり(中略)、それは民衆の阿片である」ということばを残しており、宗教に対しては否定的である共産主義の社会が実現されるならば、そのとき宗教は必要とされないという考え方が主張されることもある

したがって、中国では宗教を国家によって管理しようとする傾向が強く、国務院(日本の内閣に相当する)直属の組織として「国家宗教事務局」を設け、そこで、宗教関連の条例や規定の整備、公民の宗教活動の管理,宗教組織が運営する学校の認可、宗教界における愛国主義教育の推進などの業務を行っている
中国で認められているのは、「五大宗教」と言われるもので、そこには仏教、道教、イスラム教、カトリック、プロテスタントが含まれる。こうした宗教はどれも、全国規模の愛国宗教組織(愛国宗教団体)を有している。いずれも中華人民共和国の成立後に共産党の統一戦線活動の一環として作られた組織で、党と政府の指導の下で活動を行っている

このように、国家が認めた宗教しか活動が許されないわけで、そこから法輪功に対しては徹底した取り締まりが行われたわけである。中国共産党は、法輪功を社会の安定と団結を乱す非合法組織と認定し、共産党員に法輪功の活動に参加することを禁止する通達を出した。
その後も中国政府は、「反法輪功」「反邪教」のキャンペーンを展開し、1999年10月30日に開かれた全国人民代表大会(日本の国会に相当)では、「邪教組織の取り締まり、邪教活動の防止・処罰に関する決定」を採択している

したがって、現在でも、港区元麻布にある中国大使館を通りかかると、その向かい側で、法輪功のメンバーが抗議活動を行っている光景を目にする。
しかし、法輪功や全能神をいくら取り締まったとしても、経済発展を続けてきた中国の社会において、経済格差が拡大し、そうした社会の発展から取り残された人々が存在するという事実には変わりがない

中国では富裕層が増え、「爆買い」などといった派手な消費活動を展開して注目されているが一方で、経済格差は拡大している。中国社会科学院と社会科学文献出版社がまとめた「社会青書」によると、2012年において中国の都市部と農村部の住民一人当たりの平均収入の格差は20倍強にのぼった。また、世界銀行の調べでは、同じ年の国民一人当たりの平均所得は6091ドル(約62万円)であったが、農村部はほとんどが1000ドル以下、つまり、年収が12万円以下なのである

中国政府は、共産主義の政権である以上国民のあいだに平等を実現することをめざしてきたはずである。中国が開放政策をとり、市場経済を導入することによって、たしかに驚異的な経済発展を実現した。それによって、中国は世界の大国として、アメリカや日本、そしてEU諸国と対抗できるだけの国力を身につけたわけだが、一方で、平等の理念は実現されず、経済格差は拡大するに任されてしまっている

中国に潜む「地下教会」とは?

 そのように、政治に期待できないときには、宗教に頼らざるを得ない。そこで、今中国で注目されている宗教が儒教であり、キリスト教である
儒教については、1966年から77年まで続いた「文化大革命」において、「批林批孔運動」が展開された。これは、毛沢東の追い落としをねらった林彪と儒教の開祖である孔子を批判する運動である

私は、毛沢東が亡くなった翌年の1977年夏にたまたま中国を訪問する機会に恵まれたが、そのときに、批林批孔運動が展開されている光景を目にした。
ところが、現在の中国では、倫理道徳の根本には儒教があるといことでその価値が見直され、儒教を学び直そうという運動が広がりを見せている中国政府の側としても、社会秩序が乱されることには強い危機感を抱いているわけで、2011年には天安門広場の目と鼻の先にある中国国家博物館に10メートル近い高さの孔子像が建てられている

このように、儒教の場合には、中国政府もその復興を積極的に支援しているわけだが、もう一つ、難しい関係をはらんでいるのがキリスト教の場合である
中国政府が出した「宗教青書」では、中国のキリスト教徒の数はおよそ3000万人でプロテスタントが2300万人、カトリックが700万人とされている(2010年)
これに対して、キリスト教の側は、より多くの数字を上げており、もっとも多いものでは、中国には1億4000万人のキリスト教徒がいると見積もられている。これは、中国の総人口のおよそ8パーセントにわたる。韓国ほどではないが、日本よりははるかに多い。日本人が考えている以上に、キリスト教は中国に浸透しているのである

ただ、キリスト教に対しては規制が厳しく、教会が当局によって、違法建築の名目で破壊されるといったことも起こっている
しかし、当局が弾圧しなければならないのも、それだけキリスト教の勢力が拡大しているからで、とくに、「地下教会」と呼ばれる非公認の教会に人々は集まっているこうした教会は、指導者がカリスマ性を発揮し病気治しなどを行う福音派である中国でも、経済発展が続く国では必ずや台頭する福音派がその勢力を拡大しているのである

参考 YAHOO!ニュース 2015.09.28

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