モノを買わない→先進都市から読み解く

 欲しいモノが特別ない世界。シェアという考えが浸透しつつある世界――。はたして、これは消費の飽和なのか、一時的な物欲の減退なのか。欲しいモノがない世界では、どんなことを豊かで、幸せだと感じるようになるのだろうか?
編集者の菅付雅信さんによる著書『物欲なき世界』が11月4日に発売される。インタビューを通じて、ファッション、ライフスタイル、経済、思想、カルチャー……本書で編まれた横断的なトピックについて聞いた(文・佐藤慶一/写真・神谷美寛)。

菅付雅信(すがつけ まさのぶ)1964年生宮崎県生まれ。角川書店『月刊カドカワ』編集部、ロッキグンオン『カット』編集部、UPU『エスクァイア日本版』編集部を経て、『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』の編集長を務めた後、有限会社菅付事務所を設立

モノではなく「コトやコミュニティを売る

 ――ソーシャルメディアの普及によって誰もが丸裸にされてしまう実情を描いた『中身化する社会』(星海社新書)から2年越しの著書となります。前著とのつながりを教えてください。

菅付:今回の『物欲なき世界』は『中身化する社会』の続編に当たります。前著を書くなかで「物欲なき世界はどうなっていくのか」というテーマが見えてきました。

そもそも前著を書いたきっかけは、ファッションニュースサイト「モードプレス」の岩田奈那編集長から、トレンドではなく「ファッションがこれからどうなるのか」について考察する連載をしないかと依頼を受けたことです。

そのとき、現代はファッションが必要とされない社会になりつつあると思い、それをテーマに書こうと漠然と考えていました。数日後、たまたまニューヨークに行く予定があったんですが、世界でいちばんオシャレな街だったはずなのに、ニューヨーカーたちが本当にカジュアルになっていることに気付きました

 一般人だけでなくファッション業界の人までもが服装にお金をかけなくなりつつあることに強いインパクトを受け、ファッションにお金やエネルギーをかけるのは時代遅れになったのではないかという仮説を立てました。同時にその背景には、ソーシャルメディアの爆発的な普及が関係していると考えました。

当時(4年前)、新しいモノ好きなニューヨーカーたちは移動中やカフェで過ごす時間にとにかくタブレットやスマホを見ていました。多くの人がツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディアを通じてファッション以外にも自分の考えや個性、スタイルを発信できてしまう。そうであれば、もうファッションにエネルギーを使う必要がなくなると思いました

このきっかけをもとに調査や取材を進め、2013年2月に『中身化する社会』を刊行しました。ただ、その時点でまだ捉えてきていないテーマがあると感じました。先進国・先進都市でお金を使わないのはファッションだけではないと考えるようになったんです

―お金を払わない対象が、消費全体になってきているのではないかと。

菅付:そうなんです。調べていくと、洋服だけではなく、先進国・先進都市において全体的に消費が落ち込んでいる。もちろんお金は使っているけれど、何に使っているかといえば住居費です。いまやニューヨークやサンフランシスコの市長選を左右するくらいの大問題にまでなっているのですが、たとえばマンハッタンで生活している人の平均住居費は生活費の半分近くを占めています。とんでもない比重です

 洋服や家電、車の購入が減っている一方で、住居費はどんどん上がっている。そのほかに消費が伸びているのは食です。モノを買わない代わりに、自分が口にする食事や人との食事にお金を使うようになっています

こういった、モノを買わない先進国・先進都市の生活は何のサインを発しているのかを考えるようになりました。モノを買わなくなると、購買を前提にしていた消費社会や資本主義全体が立ち行かなくなってきます。そこに興味を持ち、本書を書こうと思いました。

――そこでモードプレスで「ライフスタイル・フォー・セール」という連載を開始したわけですね?
菅付:ええ。今度は「消費」をテーマに書かせてもらえることになりました。ファッションや流通業界において、モノを売るよりもライフスタイル提案やサービス販売へのシフトが顕著になってきている。その傾向――これは消費の最終段階だと思っていますが――を捉えようと思いました。

モードプレスはファッション業界とのコネクションが強く、ビームスの設楽洋社長や三越伊勢丹の大西洋社長らにインタビューする機会をいただきました。このような業界トップの方々がモノではなく「コトやコミュニティを売る」と公言しはじめていたので、いいタイミングで取材することができました。

「コミュニティを売る」というと聞こえはいいですが、もちろん商品を買ってほしいというのが本音だとは思います。しかし、先進都市の人たちはモノを買わずに、モノやスペースをシェアすることで、コミュニティにアクセスしたり所属したりすることが当たり前になりつつあります

――日本でも「ライフスタイル」という言葉をよく聞くようになった一方で、どこか食傷気味になっている気がします。

菅付:ライフスタイルという言葉は漠然としながらも使いやすいから市民権を得たように思います。さまざまな場面で見聞きするようになりましたが、ほかに適切な表現がない――生き方というと少し重くなるし――から多用されるのかもしれません。

雑誌にしても、ここ何年かでライフスタイル誌が一気に増え、ファッション誌がライフスタイル誌化する動きもありました服が売れなくなってきたので、アウトドアを提案したり、スポーツや食を取り込んだり、カフェネタを混ぜたりして、ライフスタイル提案型のメディアになろうとしているのがよく分かります

元々ファッション性が高かったマガジンハウスの『ポパイ』が近年、「カレーと本」や「ポートランド」の特集を打ち出してライフスタイル化しています。これも分かりやすい兆候のひとつですよね。

――ファッション誌がニッチなジャンルのひとつになってしまった、ということですよね。

菅付:端的にファッション誌が趣味雑誌になってしまったんです。もともとファッションは趣味でしたが、90年代中ば~2000年代後半くらいにかけて、オシャレをしないとマズいという強迫観念が特に都市部の独身女性にあったわけです

「あなた、まだ先シーズンの服を着ているの?」なんて言われないためにみんながファッション誌をチェックしていました。この当時は趣味雑誌ではなく生活必需品という位置付けでしたが、また趣味雑誌に戻りつつある状態です

ただ消費や物欲が減る一方で、モノを買うときに吟味するようになっています。まったく買わないのではなく、ネット検索やソーシャルメディアの普及により、購入前に比較検討して、いろんな価値基準のなかで時間をかけて吟味する。このことは大量生産・消費より健全だと思っています

――雑誌以外に、ファッションや流通業界におけるライフスタイル戦略をどう見ていますか?

菅付:ライフスタイル化は業界の生き残りをかけた、サバイバルのための戦略だと思います。なぜなら、服が本当に売れなくなっているから。三越伊勢丹のような衣服比重の高い百貨店でさえピークと比べて売上が3割減っている。ほかの百貨店や衣料品店についても推して知るべしです。

ただ、日本のライフスタイルビジネスのほとんどは、収支計画書ありきのライフスタイル戦略をとっているので弱い気がします。つまり、洋服が落ちた分を雑貨や飲食で補おうという狙いが透けて見えるから、穴埋めとしてのライフスタイル化になってしまっているんです

そうではなく、物欲がない社会において、ストーリーや価値観、文脈を考えて、会話やコミュニケーションにつなげていくことが大切だと思います

たとえば、湘南の「SUNSHINE+CLOUD」というお店は洋服も雑貨も飲食も花屋もやっている。それが湘南のリラックスした価値観のお客さんたちにとって自然で、オーガニックな広がりを見せています。収支計画書のためにライフスタイル化しているのではないから無理がないんです。

――今回の本では「欲しいモノは特別ない」という実感を「物欲レス」という言葉で表現しています。どういう課題意識を持っていたんでしょうか?
菅付:物欲レスは先進国・先進都市で顕著になってきている現象です。この本では物欲レスの社会が続いた先にある世界を提示したいと思いました。資本主義はあと数十年ほどは続くけれど、いつどこから終わるかわからない。でも、どこかで終わり、新しい仕組みにひっくり返ります。

ぼくは経済の専門家ではないですが、消費欲の急減を突き詰めて考えていくと、資本主義の制度疲労を起こしているのではないかと思うようになりました。トマ・ピケティが『21世紀の資本』で書いたように、世界では貧富の格差が拡大し、二極化が進行しているのは紛れもない事実です

そこで中産階級がやせ細ると、彼らの旺盛な購買力を前提に成り立っていた資本主義――もっと言えば中産階級資本主義とか中産階級消費主義――がいま危機に瀕している二極化して中産階級が減っているならば、現行の制度が限界に近づいているのは間違いないでしょう

このような状況に対して、たとえば、フランスの経済学者、ジャック・アタリや日本の経済学者、水野和夫さんは、次の制度に移行した集団・場所・人・都市・国家が次の時代のアドバンテージを取ると主張しています

資本主義が制度疲労を起こしているわけだから、その延長線上での消費刺激策を講じてもカンフル剤として一瞬効果があるだけで長期的にはうまくいかない

物欲がなくなり資本主義が立ち行かなくなる中で、日本や東京は新しい考え方や制度を真っ先に提案・実践していくことが、世界に対して次のアドバンテージになると考えています。だから未来の制度を考え、生み出し、身に付けるようなポジションに移行したほうがいい、というのがぼくの考えです

――そこでポートランドのような先進事例を見る必要があるというわけですね。

菅付:ポートランドも資本主義のルールのなかにありますが、オーガニックかつローカルを大事にする考え方に特化することで勝負しています。その特徴は一言で言えば、前著のキーワードとなった「コンフォート(本質的だからこそ心地が良い)」という言葉に集約されます

自分たちのこだわりのもち、オーガニックで質のいいモノを全米、そして世界中に売っていく。そのものすごいこだわりがブランドになっているんです。そんなポートランドにも悪い面が出てきつつあります。住みたい都市として若者の移住が増えていますが、実はそれほど仕事がなくて大変みたいです。ただ、人が移住してこない日本の都市部よりはいいと思います。移住者がいないということは外の人にとって魅力がないとも言えますからね。

――ポートランドのあり方はどんな部分が参考にできるでしょうか? 菅付:オーガニックで信頼できるモノをつくっていることです。「いかに安くするか」「いかに大量生産するか」というのは少し前までは有効な価値観でしたが、モノにあふれた世界において感度のいい消費者たちは自分たちにとって質のいいモノを求めています

質がいいことは必ずしもラグジュアリーであるとは限りません。ポートランドでは、自分が身につけたり、口にしたり、手元に置くモノは、なるべくいい素材を使って、華美でなく、長く使えるモノを選ぶようになっているんです

ポートランドの人たちは、そういったこだわりに特化することで世界におけるブランディングを高めています。ローカルにこだわりながらも、グローバルな市場で勝てそうな価値観を徹底し、消費者と向き合う。そんな姿を東京も見習うべきだと思います。

――東京のような都会でも、オーガニックな価値観を軸にしたお店や取り組みは増えているように思います。

菅付:たとえば本のなかで、ユニクロに新卒入社したバイ・ビンさん(1987年生まれ)が紆余曲折の末、学芸大学駅近くにオープンしたオーガニックのグローサリー・ストアについて取り上げています。彼は「理想のある中途半端をやるしかない」という言葉を残してくれました

要するに、都市でオーガニックに生きるにはどうしても矛盾が生じてしまう。そこを理解しながら実践することがとても大切なんです。

徹底的にオーガニックな生活をしようと思ったら、田舎に移住したほうがいいけれど、なかなかそうはできない。なぜなら日本人の大多数は都市人口に入るので、都市のなかで中途半端にオーガニックな生活を追求するしかないんです

れられています。たとえば、UberやAirbnbはどちらも法律的にグレーなところを突いていますが、これは新しい制度へシフトする前兆と捉えることもできそうです。

菅付:シェアリングエコノミーに関するサービスはどれも新しい提案ですよね。ぼくは新しいビジネスは半分パイレーツビジネス、既存の枠組みのグレーゾーンを攻めているものだと思っています。この9月にニューヨークに行ったときにもAirbnbを利用しましたし、ロサンゼルスに行ったときにはUberを使いました。

――このようなシェアリングエコノミーの背景にあるものはなんでしょうか?

菅付:シェア志向の背景にはいい理由と悪い理由がありますネガティブな理由は、お金がないことです。特に先進都市では住居費が跳ね上がり、ロンドンの家賃がひと部屋あたり平均40万円、ニューヨークは平均48万円です。これでは一人で借りられないですから、シェアが当たり前になり、一人あたりの住居空間は減ってきています

だから残された選択肢は、シェアするか遠方から通うかのどちらか。経済的な理由から、シェアやコミュニティ化が進んでいるのです。気が合う人と集まり、いろんなモノを仲良くシェアしていかないと大都市では暮らしていけないという冷徹な事実がありますから

――シェアが広がった背景にあるプラスの理由はなんですか?

菅付:ポジティブな理由は、収入や肩書きよりも価値観を共有するコミュニティへの所属にプライオリティを置く人が増えていることです。アメリカで見たなかでおもしろいのは、大都市にはフードコープ(生協)があること。より市民運動的であるのが日本の生協と違うところです。

たとえば、ニューヨークにパークスロープ・フードコープという有名な生協のスーパーがあります。ここは特に食材の選別が厳密で、ベスト・オブ・ニューヨークが集まっている。オーガニックなモノに絞り、自分たちで仕入れた食材でも第三者チームによる抜き打ち検査をしているくらいです。絶対にいいモノでないと置けない、販売できない仕組みをつくっています

さらに、ニューヨークにしてはかなり安価なので大人気なんです。ただ、ここで買い物をするには会員にならないといけません。そのためには会員資格の審査があり、過去の経歴を検索されたうえで評価されます

 そして、身分にかかわらず、月に3.5時間以上の労働が義務付けられている。つまり、消費者が働くことで安価なオーガニック食材が提供できているんです

ほかのモデルでは、ポートランドにあるピープルズ・フードコープ。これはもっと市民運動的で、容器はムダだから、ほとんどの食材が量り売りになっています。自分で袋を取り、食材を測ってラベルを貼り、レジまで持っていく――。自分の家から容器を持ってくるとそれだけ安くなります

資本主義の次には、こういうエコロジカルで相互扶助的な価値観が豊かであり、幸せだと思うようになっていくのかもしれません。

やっぱり、20世紀の延長線上にある幸福論は消費と強く結びついているため、だんだん有効ではなくなっています。だから、ぼくはこの本で新しい制度のなかでの豊かさ、次の幸せを考えることにしたんです。

――資本主義からのシフトは新しい問題も引き連れてくるのではないでしょうか?
菅付:たとえば、9時~17時で労働することから解放されると、時間が余るようになります。だから、暇な時間をどうするのかという課題が生まれてくるでしょう。加えて、価値観の対立が激しく起きるようになります

年収2,000万円だけれど、夜はファミレス、時々バーやキャバクラで散財する人に対して、年収500万円だけれど時間がたくさんあり、毎週友だちみんなで食材を持ち寄ってご飯をつくり、賑わいながら食べる。このどちらが幸せなのか。いいのか悪いのかを含めて新しい価値観を考えていくことが重要なのです。

ただ、日本とアメリカで大きく違うことがひとつありますそれは若者文化の基本にカウンターカルチャー(対抗文化)があるかどうかです。つまり、アメリカでは上の世代に代わる新しい文化をつくる新しいことを提案して前の文化をつぶすという意識が色濃く残っています

オーガニックやサードウェーブコーヒーも根本的にはカウンターカルチャーがあるわけです。どちらも前の制度を乗り越えようという気概がある動きですが、日本ではカウンターカルチャーとしてではなく新しいトレンドとして消費されている。このままでは物欲レスの先の世界でアドバンテージを握ることはできないでしょう。

――お話を聞くなかで、専門家ではなく分野を横断した人や情報にアクセスできる編集者だからこそ書けた1冊なのかなと思いました。

菅付:まさにその通りで、これまでに書いた『はじめての編集』でも『中身化する社会』でも、編集者のスキルやノウハウを援用して書いています。自分はあくまでも編集者であり、経済学者やジャーナリストではありません。

この本では、ファッション、経済、思想……大量の資料を集め、人に話を聞いた情報をもとに、点と点を丁寧につなぎ合わせて、物欲レスの先にある社会や世界を浮かび上がらせました

もし経済学者が消費をテーマに書くならば、流通やファッションについてはそこまで触れず、ファッションジャーナリストであれば、思想系のことにページを割かないと思います。

この『物欲なき世界』で試みたのは、これまでに培った編集手法を用いて、いまの時代精神を編み上げるということだけです。過去や現在の事象を紹介するだけでとどまらず、自分が書けるなかでできるだけ長く耐えうるかたちで「これからの世界はたぶんこうなるだろう」ということを書けたと思っています。

参考 現代ビジネス 2015.10.28

【関連する記事】