ホモ・サピエンスの旅立ちから10万年

ホモ・サピエンスと呼ばれる現生人類は10万年前、誕生の地アフリカ大陸を離れて世界各地へと旅立ったこの10万年という時間は、原子力発電の廃棄物の放射能レベルが元のウラン鉱石と同じ水準まで減るのに必要とされている時間でもある

この期間、使用済み核燃料を処理したときに発生する高レベル放射性廃棄物は、生活圏から隔離して最終処分される必要がある。しかし、国内で商用原発が稼働してから半世紀近く経つ現在でも、いつ、どこで最終的に廃棄物を処分するのかについては決まっていない

世界各国で廃棄物の最終処分に向けた議論が行われる中、国内では原発事故が発生。原子力政策に対する国民の信頼が失われたことで自治体から立候補を募って処分地を選定するという従来の方法は絶望的となった。この状況を打破するため、政府は5月、国主導で候補地を選定し、自治体に詳細な調査の受け入れを要請する方針に変更した。

東京工業大学の今田高俊名誉教授は、国民の不信感が大きいことから、候補地選定の「初めの一歩で誤解を与えると信頼は取り戻せない」と指摘し、候補地の分析結果に関しては情報開示を徹底するよう呼びかけている

経済産業省・放射性廃棄物等対策室の渡辺琢也室長補佐は、埋めた放射性廃棄物が地中に漏れ出すのを防ぐため、火山や活断層、汚染水の元となる地下水を避けて「科学的有望地」と呼ばれる候補地を選ぶと話した。このほか、人口密度や輸送時の安全性などの側面も考慮する必要があるという。現在、経産省は作業部会を設けて条件の絞り込みを協議している

20年間の地層調査

絞り込んだ候補地のうち、住民理解の得られた地域で20年間に及ぶ地層調査を行い、最終的に処分地を決定する。候補地選定後の理解を得やすくするため、政府は全国1800の自治体を対象に各地で説明会を開催しているが、参加率は7割程度に留まっているという

放射性廃棄物の処分を目的に電力会社などが設立した専門機関、原子力発電環境整備機構(NUMO)によると、使用済み核燃料から再利用できるウランとプルトニウムを抽出した後の廃液は、人が近づくと20秒で死に至るほどの高い放射線を放つ

同機構は、この廃液をガラスと混ぜて固め、金属と粘土で覆ってから300メートル以上深い地中に埋めて地上に影響を与えないように隔離する方法を地層処分として検討している

廃液を固めたガラスが全て溶けるまでには7万年金属容器は厚さ20センチメートルあるが、深い地下では酸素が少なく3センチメートル腐食するのに1000年以上を要する。さらに、その周囲を覆っている粘土質の緩衝材も放射性物質の移動を遅らせる。その間に放射能は生物に影響を与えない水準まで下がることから、地層処分が有効だと考えられている

安定した地層

京都大学防災研究所の千木良雅弘教授は、地殻運動の激しい日本でも、火山の噴火や隆起や侵食、地震などの影響を受けずに10万年間の地層処分に耐えられる「安定した地層はある」と考えている。しかし、地下水の通路となる断層をすべて把握できているわけでなく、調査でどの程度まで把握できるかも今の段階では明確ではないという状況だ。

千木良氏は、詳細な地質調査の結果、放射性物質が溶け出して地下水を汚染する可能性が否定できないとなった場合、計画続行の可否を「誰が判断をするのか」と疑問視する。調査に莫大な費用を投じたために計画を断念できず、「大きな不確実性を持ったまま次に進んでいくとすると怖い」との考えを明らかにした

日本原子力産業協会によると、世界31カ国に431基(2015年1月1日時点)の原子炉がある。一方で放射性廃棄物の最終処分地が決定しているのは、世界でもフィンランドとスウェーデンのみ。米国やドイツでは一度決定した候補地の撤回や凍結に追い込まれて選定の方法を見直さざるを得なくなるなど、海外でも処分地の選定には苦戦を強いられている

町を二分した論争

日本でも07年に高知県東洋町の田嶋裕起町長が候補地の調査受け入れを表明したものの、町を二分する賛成派と反対派の論争に発展。住民の意志を問う町長選で反対派が擁立した新町長が当選し、調査受け入れは取り下げられた。それ以降、名乗り出る自治体は出ていない。

処分地の決まっていない廃棄物は発電に使用した燃料から発生したものだけではない福島の事故で生み出された廃棄物や廃炉作業で出る廃棄物もある。廃炉で発生するものは低レベル放射性廃棄物と呼ばれ、処分は原子力発電事業者に一任されている。低レベルのものでも原子炉に近い廃棄物ほど放射能レベルは強く、少なくとも300年間地中に閉じ込めて処分することが定められている

廃炉元年とも言われる2015年。老朽化した敦賀原発1号機、美浜原発1、2号機、玄海原発1号機、島根原発1号機の5基の廃炉が決まった。電気事業連合会によると国内の商業用原子力発電所57カ所で発生する原発の解体廃棄物は2000万トンとなる見込みで、このうち低レベル放射性廃棄物は約2%の45万トンになると試算している

国の技術基準なし

電事連の八木誠会長(関西電力社長)は6月12日の会見で、「低レベルの中でも比較的放射能レベルの高いものの処分場は国の技術基準がまだ決まってない」と発言。その上で「処分場の計画も各社と、あるいは電事連とで今後検討していかなければいけない課題」と話した。

処分地を選定する前に解決すべき課題もある過去に国内の原発からは2万5000トンの使用済み核燃料が排出されたここから再使用が可能なウランやプルトニウムを取り出す再処理作業は、英仏などの専門業者に委託されており、これまでに再処理されたのは3割の8000トンにとどまる

再処理事業を担う日本原燃の工場完成が22回延期されていることが背景にあり、来年3月の完成までに原子力規制委員会の新規制基準に対応することも必要となる。

7割程度埋まる

海外事業者に再処理を委託してきた原子力発電事業者も、現在は国内の再処理工場の完成を待っている状態だ工場が稼働していないために各社は原発の核燃料プールなどで使用済み核燃料を貯蔵しているが、すでに全容量の7割程度が埋まっているそもそも再処理工場が稼働しなければ高レベル放射性廃棄物は発生しないことから、処分計画の練り直しを迫られる可能性もある

NUMO地域交流部報道グループの樹下孝雄課長は、原発利用をめぐっては「電力を使うという利益を先に享受してきた」と指摘し、「結果的に先送りになってきた課題が多い」と話した原発の黎明(れいめい)期から廃棄物や核燃料の再利用といった課題についてはさまざまな研究が重ねられたものの、「原子力の技術は発展途上な面もあり、廃棄物の問題についても、現代の人間がチャレンジして克服していく課題でもある」と述べた

参考 Bloomberg  2015.07.10

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