パナマ文書騒動に水を差す→反腐敗運動

パナマの法律事務所で作成されたタックスヘイブン(租税回避地)関連文書に、習近平国家主席の親族の名前が発覚したことが物議を醸している反腐敗を政権の錦の御旗に掲げてきた習近平自身が“腐敗していた可能性”が出てきたからだ

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 もともと習近平政権の支持をめぐっては、中国でその賛否は大きく分かれていたエリート層は毛沢東路線を彷彿とさせる政治闘争や言論の統制を理由に批判的だが官僚の腐敗撲滅の大鉈を振るったという点では、庶民のウケはかなりよかったのだ

この一件で習政権への民衆の支持は相当落ち込むかもしれない反腐敗運動そのものが失速する可能性もあるだがその一方で、反腐敗運動は地方都市で支持を得ており、むしろ期待感が高まっている一面を見逃すことはできない

 政権支持のカギを握るのは「改革の実現」である。海外メディアは否定的だが、中国の一部の人々の間には「改革は目に見えて進んでいる」という評価が存在するのだ地方政府における“下級役人”たちの眼には少なくともそう映っているようだ

● 接待漬けの日常は去り 今はもっぱら20元の食堂

地方でも熱が入る反腐敗運動だが、地方政府の内部ではいったいどんな変化が起きているのだろうか。筆者は沿海部のX市の政府機関に勤務する男性・王偉さん(仮名)と面会した。

四級都市に分類される300万人のX市は、町工場と田畑だけの地味な地方都市だけれども、街の中心部を占拠するのはそれとは不釣り合いな高級マンション群、この街もつい数年前まではバブル経済の真っただ中にあったのだステーキハウスやワインショップの数の多さからも、接待漬けの享楽三昧が当たり前の日常になっていたことが伺えるそんなX市も今では反腐敗運動に力が入る

反腐敗運動がもたらした最も大きな変化とは何だろう。王さんに尋ねると、間髪入れずしてこんなコメントが返ってきた。

「接待がなくなったことです。今では食事はもっぱら食堂で食べています

かつては1回の飲食につき3万元(当時で約50万円程度)は消費した接待だったが、これが一切なくなったというのだ仮に上層部が当地に出張してきたとしても、「食堂を利用してもらう」(同)。職場の中だろうが外だろうが、使うのは食堂。ちなみに食堂の食事とは、プラスチックのトレイに乗せられたごはんとスープと3つの“菜(おかず)”という、一人20元(1元=約17円)程度のエコノミーな食事だ「自分の財布を開くことない贅沢な飲食」は、本当に過去のものとなったようだ

「どうしても」というケースもある。やむを得ず、高級な場所で接待しなければならないときはどうするのか。王さんは「そのときも関連の下属機関を巻き込み支払わせる」(同)「自分たちの組織では絶対に払わない」という徹底ぶりだ

「民間企業からの接待もなくなった」というかつてはプロジェクトの受注をめぐって、官は民の接待を受けたものだったが、これがすっかり姿を消した公務員はゴルフや飲み食いの接待に応じることができなくなり、かつて身近だったKTV(高級クラブ)にも行かなくなった公務員が民間のビジネスに関わることも固く禁じられた

頻繁にあった出張もなくなった地方政府の公務員は出張に行かない代わりに、必要な打ち合わせは電話会議で済ませるようになった

「数年前までは、出張のたびに宿泊代や食費にかなりの金額を使った。特にかさんだのは手土産の出費。上級政府(省レベルの政府)に持っていく贈答品にはかなり出費したものでした」と王さんは話す

● 鳴りを潜めた高級消費 接待禁止が景気低迷に

王さんのこの話からは“官官接待”でも多額の金が使われていたことが伺える。ましてやこれが“官民”となるとさらに露骨だ

つい最近まで、欧州の高級ブランドの時計や宝飾品、スーツなどは、高級幹部に贈るうってつけの贈答品だといわれた日本の質屋同様、それらを買い取り現金化するしくみまで構築されていた市民とは無関係の、贅を尽くした高級飲食店や派手なナイトクラブの林立は、まさに「官を動かすためのもの」だった。街の美容院やエステサロンでさえ高級化し、接待の場に使われた。

ところが、2013年1月に、習近平総書記が号令をかける「大トラもハエも一緒に叩け」――。この反腐敗運動をきっかけに、「高級」をうたった商品やサービスの消費は影を潜めたのだ

この年、中国では高級ブランドショップの業績が一斉に停滞し始めた。現地紙は「二級都市の高級ブランド店では利益が出なくなった」「2店に1店が閉鎖となる事態に陥っている」などと報じた。一級都市の上海でも「在庫一掃セール」が目を引くようになった。香港のブランド街から行列が消えたのもちょうどこの頃大陸での贈答品需要の低下は香港経済を直撃した

中国の景気が悪いと言われるのは、公務員の消費がなくなったためです」と王さんも指摘するように、これまで中国全体の消費を動かしていたのは、ほかならぬ公務員たちだった公費による海外出張(実際は旅行)、車の購入、飲食を指す「三公消費」だけでも、毎年9000億元にも上るとささやかれてきた目下、これをなくす取り組みが国を挙げて行われているが、その結果、飲食、娯楽、高級品の消費低迷をもたらすことになった。王さんはこう続ける。

「今までが“アブノーマル”だったんです、三公消費で経済が成り立つなんてどう考えてもおかしい。今は、たとえ成長率が落ちたとしても正常化に向かっている私は現政権の政策方針である『新常態』を支持していますよ

習近平政権の政策方針である新常態(ニューノーマル)とはこれまでの高い経済成長の追及よりも内容重視への転換を意味する2015年は反腐敗運動のみならず、この「三公消費」への圧力も一段と高まった一年だった

一方、こんな変化もある。王さんによれば「(地方政府の)高官の執務室がぐっと小さくなった」というのだ以前は100平米を上回るだだっぴろい空間に、豪華なベッドやシャワー室までついていた。「ついてない設備は台所だけ」(同)だったという。そんなホテルのスイートルーム級の仕様も今はなく、面積も15平米に縮小された

このように、高級幹部は職権を乱用し好き放題を極めた同じ公務員といえども高級幹部とは天と地の差の“下級役人”、彼らからすれば「いい気味」というわけだ

また、高級幹部が“下級役人”の恨みを買った例に、ボーナスがある。中央政府から地方政府にボーナスが割り振られると、まずは地方の高級幹部が自分の懐に入れる習わしがあった残りを部下に配分するのだが、それはほんの“スズメの涙”程度のものこのやり方が“下級役人”の積年の不満となっていたのだが、反腐敗運動はこうした不正も糾弾できるという機会をもたらした

“下級役人”が中国共産党中央規律検査委員会に直訴した結果一部の政府機関で下級の公務員の待遇が大きく見直されることになったのである。悲願の「ボーナス支給の正常化」である

中国全土に広がる反腐敗運動は上層部の権力闘争と関連付けて報道されることが多いが、その一方で、“下級役人”たちの職場環境の改善をもたらしていることも確かである

● アブノーマルからニューノーマルへ 正常化に向かい始めた地方政府

一方で、王さんは「反腐敗運動を通して、職員がまともに働き出した」とも明かすこれは大きな変化だ。少なくとも接待で潤っている限りはまじめに働く必要もなかっただろう。そんな公務員たちがついに「本業に目覚めた」わけである

目下力を入れているのは不動産開発業者に売却した土地代金の回収だ。経済の好循環が止まり、土地売却がもたらす収入への依存が困難になった今、財政破綻への危機感はますます募る。ようやく重い腰を上げたのはこうしたことが背景にある。

ちなみに、当局の幹部には職権を乱用し個人的な関係で土地を譲渡したケースが非常に多い税金も同じだ。これまで個人的なつながりで見逃された脱税行為もしっかりと督促されるようになった

 今、地方政府の内部では「公務員が不正に蓄えてきたものをすべて吐き出させる」という改革が進行中だ。その先に見えてくるのは、人治から法治へ、そして“アブノーマル経済”から新常態(ニューノーマル)経済への移行である

「時間はかかるが、これが中国経済の正常化をもたらすはず」と王さんは前向きだ「習政権の改革は期待薄」と消極的な評価も多いが、一方で、こうした実質的な変化も見逃すことはできない

その矢先の“パナマ文書”である。筆者は改めてこの王さんにパナマ文書の件を尋ねた。彼は慎重に言葉を選びこう語った。「気にしてないとしか言えない」

せっかく浸透し始めた改革も再び逆戻りしてしまうのだろうか

姫田小夏

ダイヤモンド・オンライン 2016.04.08

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