ネット人口7億人の財布→フィッティング

 鉄鋼や石炭、セメントや石油など、過剰な生産設備と在庫の山、余剰人員で赤字をタレ流す重厚長大の国有ゾンビ企業群の問題に目を奪われがちな中国経済一方で、昨年末に6億8千万人を超えた膨大なインターネットユーザーを抱える軽薄短小のIT(情報技術)関連市場の成長性にも注目しておくべきだ

中国工業情報化省が集計したソフトウエアと情報技術サービス統計によると、中国IT産業の売上高は2015年に4兆3千億元(約73兆円)と前年比で16・6%増だった=グラフ参照。

中国では国内総生産(GDP)が15年、物価変動の影響を除いた実質ベースで6・9%増にとどまり1989年の天安門事件の影響で経済が冷え込んだ90年以来の25年ぶりの低い伸びとなったその成長鈍化の中で、IT産業の16・6%増は出色だろう

中国では昨年、GDPへの寄与度としてサービス業が中心の「第3次産業」が50・5%と初めて50%を超えた。減少が続く農林水産業の「第1次産業」は9・0%、製造業など工業の「第2次産業」が40・5%だった。ITは第2次と第3次にまたがる

従来型のいわば直接目に見える製造業などを算出基準にしているGDPで、ネット取引など目には見えないIT産業の効果は統計に表れにくい面がある。このため、NTTデータ中国投資チーフストラテジーオフィサー(CSO)の新川陸一氏は中国では実のところ、重厚長大から軽薄短小へと産業構造の変化が急速に進行している、と考えるべきだ」と話す

なかでも新川氏が注目しているのは、ITと金融を融合した「フィンテック」だ。

スマートフォンなどを使うオンライン支払いユーザーは昨年末、4億1600万人と1年で36・8%も増えた。ネットバンキングは3億3600万人で19・2%増。ネット株取引は5900万人だが増加率は54・3%と大きい。財テク商品オンライン購入は9千万人で15%の増大だ

日本でも普及している携帯電話を使った支払いや、プリペイド(前払い)方式の電子マネーが、中国ではケタ外れの人数に爆発的に広がっている。コンビニの店頭や小さな飲食店、なかには屋台の果物屋まで、スマホを使って支払いできるケースがある

その背景には「BAT」と呼ばれる中国IT大手3社のフィンテック分野での事業急拡大がある。

Bは百度(バイドゥ)AはアリババTはテンセントだ3社ともここ数年で、独自のオンライン銀行を開設し、スマホユーザーが簡単に使えるオンライン支払いなどのサービスを相次ぎ開始しており、中国の若者がいっせいに飛びついた

 その結果、15年の米ドル換算の業績で1万7千人の従業員を抱える百度の最終利益は52億ドルとなり、売上高103億ドルの実に半分を占めた。3万5千人のアリババは146億ドルの売上高に対して最終利益が87億ドル。2万8千人のテンセントは158億ドルに対して44億ドルと、いずれも驚くほど高い利益率を記録した。億単位の膨大なユーザーによる小さな取引の積み重ねが巨額の利益を生んだ。

 がんじがらめの金融規制に縛られる日本と比べ、ルールや規制があいまいな中国はIT企業が金融分野に参入しやすい土壌がある。その一方で中国当局は米グーグルなど外資の市場参入を検閲とからめて厳しく規制して国内産業を保護した

また中国では、ニセ札が横行し、現金への信頼度が低いことも、フィンテック利用に火がついた裏の事情といえるだろう

中国は今後アジアインフラ投資銀行(AIIB)による周辺国へのインフラ融資とリンクし、中国発のフィンテックを金融決済システムとして洪水のように輸出する可能性もある

しかし、ウマい話に落とし穴があるのは世の常だ財テク商品オンライン取引では詐欺事件も頻発。被害にあった何千人もの利用者が地元政府に押しかけ、救済を求める騒ぎが起きている多くの中国人は金融取引で、最後には政府が救ってくれるとの甘い考えのモラルハザート(倫理の欠如)を起こしている

さらに、1時間に何億件もの取引が実行される中で、システムダウンや取引ミスなども100%は防げないのが実情で、個人情報の漏洩(ろうえい)問題も深刻だ減速が続く中国経済の救世主として期待されるIT産業やフィンテック。制度上の欠陥やひずみをどう修正し、いかに7億人の財布を生かすかが今後の課題だ。

(上海支局長・河崎真澄)

産経新聞2016.06.05

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