オンコリス→がん細胞を溶かす治療薬(上)

オンコリスバイオファーマ <4588>ユニークな社名は、関心のある人なら一目でがん治療薬関連企業とわかる「オンコリス」とはラテン語の「オンコ」(腫瘍)と「リシス」(分解、溶解)を組み合わせたもので、がん治療薬の一種としてここ数年注目を集めている。

 岡山大学の田中紀章教授、藤原俊義教授らのグループが開発し事業化のための経営者として浦田泰生氏に白羽の矢を立てた会社を設立したのが2004年3月。いまも創薬型バイオベンチャーとして苦闘が続いている

同社はアデノウイルスをベースにした腫瘍溶解ウイルスによるがん治療薬、テロメライシンを擁する。が、腫瘍溶解ウイルスは、15年10月に世界最大のバイオ製薬会社である米国のアムジェンが、メラノーマ治療薬として米国で承認を得ている先んじて治験を始めたのに、実用化で先を越されるという苦杯をなめた

敗因は資金調達資金調達は、創薬型バイオベンチャーを苦しめる「死の谷」といわれるオンコリスも苦しい時期を通ってきた13年12月に東証マザーズ上場を果たし、一息ついたものの、この間の遅れを取り戻すのは容易ではない。しかし、腫瘍溶解ウイルス製品自体は世界初ではなくなったが、アデノウイルスを使った医薬品はまだない。また、テロメライシン以外にもHIV治療薬や、抗がん剤、B型肝炎、がん検査薬など複数のパイプラインを抱えている。これらのシーズをどのように育てるのか。

■ がん細胞を溶かす「腫瘍溶解ウイルス」

腫瘍溶解ウイルスとはがん細胞にだけ侵入して増殖するウイルスのこともともとウイルスは、がん細胞などを死滅させる遺伝子を、細胞の中まで運ぶためのベクター(運び屋)として使われていた遺伝子治療の1つだった

それが、ウイルス自体にがん細胞を死滅させる働きがあることがわかりアデノウイルスやヘルペスウイルス、麻疹ウイルス(はしかのウイルス)、ムンプスウイルス(おたふく風邪のウイルス)といったウイルスを使い、さまざまな方法が探索されている。このなかでオンコリスバイオファーマが使うのはアデノウイルスという風邪のウイルスだ

ターゲットは、がん細胞でだけ活発に働くテロメラーゼという酵素テロメラーゼが陽性の細胞(がん細胞)にだけ特異的に取りついて細胞内に入り込み、増殖するよう遺伝子を改変したアデノウイルスを作るすると、細胞内で大量にアデノウイルスが増殖してがん細胞を破壊する破壊された細胞のかけらは、樹状細胞や、「お掃除細胞」であるマクロファージに貪食されて消滅する03年ころには世界でも新しい治療法として注目を集め始めていた

細胞が増殖(分裂)するためにDNAが転写されるが、通常は末端部分が転写されずに残る。転写を繰り返すと転写されない部分が増えてDNAは徐々に短くなり、最終的には短くなりすぎたDNAからできた細胞は分裂できず、やがて細胞死(アポトーシス)に至る

一方、がん細胞で活性の高いテロメラーゼはこの末端部分の転写を保つ働きがあるテロメラーゼのおかげでDNAは短くならず、細胞死がおこらないそのためがん細胞は限りなく増殖を繰り返す

このテロメラーゼの働きを止めることでがん細胞を普通の細胞と同じように自然死に導くことができる

田中教授らがこの腫瘍溶解ウイルス治療薬の企業化を目指していたときにふらりと現れたのが、日本たばこ産業 <JT、2914> の医薬品事業部調査役だった浦田泰生氏(現オンコリスバイオファーマ社長)だった

■ JTでの創薬経験生かし起業

浦田氏は薬科大学出身で、大学院では酵素の研究をし、修士号も持つ。卒業後は小野薬品工業 <4528> の臨床開発部、JTの医薬総合研究所と、新薬開発に取り組んできた、いわゆる研究開発畑出身だ。

JTでは3つのプロジェクトにかかわり、うち二つは米国ベンチャーとの共同研究、残る一つ、抗がん剤は京都府立医大との共同研究で、英国のグラクソに導出し、その後FDA(米国医薬品食品局)の承認も得ている。そして、4つ目のプロジェクトとして、がんウイルス療法の検討を始めていたのだが、JTの研究開発方針変更でがんはやらないことになった

残念な気持ちを抱えたまま、新しいシーズを探して各地の大学研究室を訪問していた浦田氏は、岡山大学の田中研究室で腫瘍溶解ウイルス・テロメライシンの企業化について打診を受けるその後も学会などで会うたびに田中教授から勧誘された浦田氏は、2年後にその誘いを受けることに決める

「そもそも開発畑出身で、ベンチャービジネスってなに?  株式って何?  という状態でした。銀行の法人口座の開き方も知らなかった」と浦田社長は笑う。

2年の間にいろいろな人に相談して、自らも勉強し、起業に踏み切ったのは、04年3月のことだった田中、藤原両教授とJTの仲間数人から3500万円を集めて起業。4月には岡山大学で記者会見も開いた

ところが、毎日毎日ベンチャーキャピタルを回ってプレゼンするものの、一向に資金が集まらない。延べ50社近くは回ったという同年7月末、ようやく、ベンチャーキャピタル最大手、ジャフコの出資を受け、証券会社や銀行を合わせて5.3億円を調達できた

 資金を手にしたオンコリスは、創業第2期に入るまずはアメリカで治験をやろうと決め、ウイルスの製造と臨床開発はテキサス、毒性・薬理試験はシアトルに拠点を定め、FDAとのプレIND(治験申請前)ミーティングも3回行ったIND(治験申請)の目標は、2回目の創業記念日である06年3月18日に決めた

残念ながらFDAから意見がついたものの、通常6カ月はかかるところを4カ月でクリアし、受理創業社員3人が全員研究者だったこともあって意志決定が早いのがよかった06年から治験を開始し、08年末には臨床1相を終了した。「この頃が一番楽しかった」と浦田社長は振り返る。「すべて自分でやっているという実感があった」(同)からだ

だが、この直後に試練が待っていた。

■ リーマンショックの逆風で資金難に

予定では、08年に臨床1相を終了し、09年にはIPO(新規株式公開)による資金調達を行い、臨床2相の準備に入るはずだった

ところが08年11月のリーマンショックのあおりを受けて株式市場が冷え込み、IPOどころではなくなった。資金がなくては開発ができない

頼みの綱は、08年3月に米国イエール大学から導入していたHIV治療薬。治験者数が多く経過観察期間がどうしても長期にわたるがん治療薬と異なり、HIV治療薬は治験期間が短いので早く臨床開発を進められると考えたからだ。すぐに治験を開始し、2010年12月には米国のブリストル・マイヤーズスクイブ(BMS)社に導出した

このBMSからの一時金で一息ついたものの、IPO準備で経費が膨らんだため、11年にはリストラをせざるをえなくなった研究開発費も十分に取れず、キーマンのひとりが会社を去った。13年末には東証マザーズに上場を果たすが、この苦難の期間に世界でもトップランナーと目されていたウイルス治療薬の開発で、他社の後塵を拝することになってしまう

ただ、浦田社長には確信がある先行開発されているヘルペスウイルスは、抗がん活性は強いものの神経感染のリスクがある一方、アデノウイルスは、FDAが「アデノウイルスについては安全性にまったく疑問を持っていない」と明言している。あとは有効性をどう示すかだ

■ 度重なる苦難の先に見えた光明

テロメライシンの開発にタイムロスが生じたことに加えて、もうひとつの苦難が待ち受けていたHIV治療薬OBP-601が、14年6月に導出先のBMSの開発方針変更で提携解除になってしまったのだ

OBP-601に問題があったわけではない治験は臨床2bまで進み、有効性のデータは良好、安全性についても先行薬と同等との評価が出ていたそれだけに衝撃は大きかった。BMSはその後、HIV薬開発事業をグラクソの子会社に売却してしまう。早期の収入源に、という当ては大きく外れてしまった

さらに、オンコリスと同じ逆転写酵素阻害剤で、米国のギリアド・サイエンシズが先発薬テノホビルの改良型を上市し、ジェネリック(後発医薬品)も市場参入するなど開発環境が厳しくなってしまったただ、現在のHIV薬は完治するものではなく、生涯飲み続けなければならないそのため耐性ウイルスの発生は避けられず、つねに新しい薬が必要とされる服用頻度が1日3回など多く、飲み忘れが多くなりがちであることも耐性ウイルスの発生の原因となっている

オンコリスでは15年から、OBP-601の徐放剤(月1回投与、注射剤)の開発を進めているうまくいけば逆転ヒットになる可能性も残されており、提携も含め「年内には何らかの結果を出したい」と浦田社長はいう

こうした苦難の中にも光明が見えてきた。がん細胞を検出する体外検査薬「テロメスキャン」だ。これまで難しいとされていた血液中に滲出したがん細胞、血中循環腫瘍細胞(CTC)を高確率で検出できるので、早期がんの発見や手術後の残留がんのチェック、悪性度の評価からDNA解析によるテーラーメイド治療の提案が可能になる

がん治療薬と同じく腫瘍溶解ウイルスを用いているが、ノーベル化学賞を受賞した下村脩博士が発見した緑色蛍光タンパクGFP遺伝子を組み込んでおり、がん細胞内のみに入り込んで緑色に光るそれによって容易にがん細胞を検出できる

 がんの転移は血管に侵入したがん細胞が血流に乗って他の臓器に移動することでおこるが、テロメスキャンはその血中のがん細胞を検出する7.5ミリリットルの末梢血を採取し、試験管内でウイルス感染させて発色を見る緑に光る細胞を取り出して分析すると、がん種の特定も可能患者の体から直接病変組織を切り取って検査する生体組織診断の必要がなくなり、患者の体への負担が大きく軽減できるのがメリットだ

現在、米国の出資先、リキッドバイオテック社を拠点として米国の510(k)(医療機器・体外診断薬の承認)取得を目指している。また、現在は目視によって検査を行っているが、分析システム導入による機械化も検討中だ14年に次世代型テロメスキャンを導出した韓国のウォーニックキューブでも、韓国内での体外診断薬承認取得の準備を進めている

新薬に比べれば診断薬のマーケットは小さいが、体外診断薬としてだけではなく分子標的型抗がん剤の臨床試験での有効性を検証するための試薬としても、米国デサイフェラ社に販売を開始しており、今後、確実な収入源として期待ができそうだ

■ 国内外でテロメライシンの開発進める

苦杯をなめたテロメライシンだが韓国、台湾での肝臓がんの臨床試験1/2相は順調に進行中(台湾のメディジェン社と共同開発)臨床1相終了後に中断している米国臨床試験は、対象がん種を固形がんからメラノーマに絞ったグローバル治験に切り替え、2017年後半を目標に臨床2相から再スタートの準備中だ

同時にパートナー探しも進めている単剤とチェックポイント阻害剤との併用(カナダ・マックマスター大学と共同研究中)の2本立てで進める方針だ一方、岡山大学で医師主導臨床研究を行っている、食道がんでの放射線治療との併用は、これから実施する国立がんセンターとの共同研究結果も踏まえ、企業治験に移行する方針だ今16年12月期中には、ある程度のメドをつける

テロメライシンに付加価値をつけるため、がん細胞の死滅をより強化するアポトーシス誘導遺伝子p53を組み込んだOBP-702や、がん細胞への感染力を高めたOBP-405の研究開発にも注力する

また、09年にアステラス製薬から導入したエピジェネティック(DNA配列を変えずに部分的な化学修飾で遺伝子制御する方法)による抗がん剤の開発も徐々に進めている15年5月には米国で臨床1相を開始。さらに、15年7月からは鹿児島大学の馬場昌範教授と共同で、B型肝炎治療薬開発にも本格的に取り組み始めている

当面は、上場時の調達資金や一時金収入による手元資金が20億円前後ある年間の研究開発費が5億円(今期は8億円の計画)なので、目先の資金はある。だが、臨床初期段階とはいえこれだけの開発案件を同時に進めると、研究開発費が早晩不足してくるのは目に見えている

まずはテロメスキャンをファーストプライオリティとして、共同開発のパートナーを獲得するそのうえで新たなファイナンスも考える」(浦田社長)。目下のミッションはこの点に尽きそうだ

(後編となる浦田社長へのインタビューは、5月1日に配信予定)

※当記事は、証券投資一般に関する情報の提供を目的としたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。

小長 洋子

会社四季報オンライン2016.05.02

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