なぜ嫌婚? →独身たちの主張なき抵抗

誰もが結婚するのが当たり前だったのは、40年前のこと
いまどき「結婚してこそ一人前」とはさすがに言われないが、相変わらず、結婚しないでいることには「理由」を求められる。
それでもなぜ、未婚化が進むのか
社会学者の水無田気流さん、恋愛ブロガーのはあちゅうさん、男性学を専門とする田中俊之さんの3人が語る。

「皆婚」から「嫌婚」へ

水無田 都市部に住み、仕事を持ち、経済的に困窮していない。「家庭を運営する能力がある」と一般的にはみなされるのに結婚したがらない人たちのことを、私は「嫌婚派」と名付けました。週刊誌AERA(朝日新聞出版)の2015年6月22日号(独身男女622人調査でわかった「嫌婚」の正体)では、年収がある程度以上ある人たちを対象に調査し、「嫌婚派」にはどんな志向があるのかを分析しています。

考えなければ結婚しない

田中 その「嫌婚派」も、主義や主張があって結婚しないというわけではないのでは。例えば夫婦別姓でいたいから籍を入れないとか、結婚制度に反対だから未婚を貫くとかではなく、特に理由もなく結婚していない

水無田 「今の若者は結婚しない」と嘆いている人の多くは、1970年代の高度経済成長期の感覚を引きずっているのでしょう当時は一番高いときで男性98%、女性97%が一生に一度は結婚していた「皆婚時代」。何も考えなくても適齢期になるととりあえず結婚していったわけですが、今は何も考えなければ結婚しないという状況になっている

はあちゅう 頑張らないと結婚できない、みたいな感覚はありますね。

趣味や仕事は成果が見えやすい

水無田 「嫌婚派」は最も大事にしたいものは「趣味」だと答えた人が多かった

はあちゅう 趣味や仕事は、成果が見えやすいからおもしろいのだと思います。ゴルフや料理って、かけた時間やお金に成果がついてきて、どんどん上達していきますよねでも恋愛は頑張ったぶんだけ返ってくるものではないし、成果や成長も見えづらい成果主義が浸透した社会でみんな「自己成長マニア」みたいになってしまっていてフェイスブックでも、投稿内容の質よりも「いいね!」の数を気にしているそういう気質の現代人からすると恋愛はコスパが悪いととらえられてしまうのかも

はあちゅう/1986年生まれ。ブロガー、作家。 慶應義塾大学在籍時にカリスマブロガーと呼ばれる。電通、トレンダーズを経てフリー。著書に『半径5メートルの野望』など。

水無田 経済が右肩上がりで「皆婚」だった時代は、誰と結婚しても夫が働き、妻は専業主婦で、子どもを2人ほど育て、家を建てて……といった安定した生活が待っていたから、それほど真剣に選ばなくても、周囲の人たちにお膳立てされるままに、多くの人たちは結婚していった

田中 今のように何人か付き合ってから見定めるという恋愛スタイルもなかったでしょうし。

大恋愛をしたという見栄

はあちゅう 本音はどうあれ、大恋愛の末に結婚したという建前は必要なんじゃないですか結婚って「一生守ります」と誓いを交わせるくらい好きな相手が一瞬でも存在した証しになるからです自分は一生続くほどの大恋愛をしたんだ、という見栄のようなものがあるのでは

田中 なるほど。自由に恋愛をしていい社会で大恋愛を経験したことがないというと成果が出せていない印象があるし、「あの人には愛される能力がない」「愛する能力がない」といった否定的なイメージも持たれがちですよね

理想のハイパーインフレ

はあちゅう 自由や成長という犠牲を払ってまで結婚するのだと考えたら、結婚相手に求める理想が高くなるのは当然ですよね。SNSなどで他人のスペックが見える化されるので、勤め先やファッションがどうとか、イクメンになりそうな人がいいとか、最高の理想像を頭の中で思い描いてしまいがち

水無田 結婚相手に対する理想は「ハイパーインフレ状態」だと感じます男性には年収や学歴、女性には容姿や家事能力といった条件にプラスして、お見合いの釣り書きには書かれないような能力を求めている

はあちゅう 大恋愛の末に結婚したいという理想はあるけど結婚したいくらい情熱的になれる相手が見つからない

水無田 恋愛を経ねばならないプレッシャーというのがかえって結婚を遠ざけていますよね

田中 それもあるでしょうが、本当に結婚したくて高い理想を並べているわけではなくて、単なる「言い訳」なんだと思いますよ。僕は冒頭から言っているように、結婚しない理由は特にないのだと思っています。「なぜ結婚しないの」と聞かれて「何となく」と答えるよりは「理想の相手が現れないから」と答えたほうが、周りの人に納得してもらいやすい。だから理想を高く設定し続けなければならないんでしょう

「男性不況」の到来

水無田 共働きが多数派となり、男性の雇用が減っている「男性不況」の今、男性が大黒柱の役割をひとりで背負わなくてもいいはずだと思うでしょう。ところが現実は、女性が出産後も仕事を続けるのは難しいから、安定した稼ぎがある男性と結婚したい、という方向に流れていく

はあちゅう 以前、女子大生と話したとき、結婚後は仕事をしたくないという専業主婦願望が思った以上に強くてびっくりしました

田中俊之(たなか・としゆき)/1975年生まれ。武蔵大学社会学部助教。 「男性学」を専門とする。著書に『<40男>はなぜ嫌われるか』など。

田中 大学生にデート中の食事の支払いについて調査すると、男子の半数が全額もしくは自分が多めに払ったほうがいいと答えました。一方、女子は4分の3が割り勘か自分が食べた分を支払えばいいと答えています結婚するための費用は、結婚式、結婚指輪や婚約指輪、新婚旅行などをゼクシィの言う通りにそろえようとすると600万~700万円はかかりますこれらを自分で払えないのに結婚するわけにはいかない、とプレッシャーを感じる男性もいるのではないでしょうか。「ない袖は振れない」と言いますか

はあちゅう いまどき、そんな気概のある男性、いますか?

水無田 前述のAERAの調査をさらに分析すると、女性は男性のほうからアプローチしてほしいと考えているし、男性は自分が気に入った女性を口説いて付き合いたいと思っていました

はあちゅう そうであってほしいですね。

水無田 え、はあちゅうさんも?

田中 プロポーズされたい?

はあちゅう はい。何となく合意があったとしても、プロポーズはしてほしいデートでも男性に払ってほしい派です。昭和の男性像に惹かれるんです。

水無田 今は男女とも自分と同レベルの学歴、職歴の相手と結婚したいという「同類婚志向」が進んでいて、男女の年齢差も初婚は平均1.7歳差と縮んでいますが、やっぱり男性が「半歩先」。年収差も、飲食の割り勘比率も、近接はしてきていますが、同等にはならないんですね

恋愛と結婚は両立しない

はあちゅう 恋愛中って相手を減点方式で見てしまいがち。子育てしてくれなさそう、家事してくれなさそう、だから結婚できないかも、と減点しながら見定めるわけですが、結婚したら相手を加点で見ないと、自分が負け犬になったような感覚になってしまう。だから結婚によって、相手との関係を前向きに考えられるようになる気がします。

田中 恋愛は感情だからコントロールできないものなのに、それを結婚という制度に押し込めてコントロールしようとするわけですから、そもそも恋愛と結婚は両立しない気がします結婚には安定性が求められるが、感情は不安定だし人間関係も不安定。そこに窮屈さを感じるのは当然では。結婚と恋愛の中間くらいの形態でお墨付きがもらえるようなものがあるといいですよね。

水無田 愛という移ろうものが、たった一人の相手に死ぬまで永続するという前提が結婚ですよね。愛ゆえに結婚するなら、愛がなくなったら離婚するのが誠実だという考え方もあります。結婚を重荷にしているのは、「規範」では? 女性のほうが男性の姓に変える慣例や、「一家の大黒柱」と「専業主婦」になるというテンプレートに対するプレッシャーが大きい。かつ、大恋愛の末の結婚でなければならない、といった「規範」が先立っている

結婚したら勝ち?

はあちゅう 結婚が「勝ち」だと考えている人があまりに多いから、結婚という型にはまったほうが楽だと感じることがあります。社会人がスーツを着るのは、スーツを着ない人が少数派なので「なぜスーツを着ないのか」と聞かれるよりも、着たほうが楽だから。それと同じで「なぜ結婚しないのか」と30代後半や40代でずっと聞かれ続けるくらいなら、とりあえずしておくか、という動機で結婚するかもしれません

田中 これからは自分たちなりに心地いい家族をそれぞれにつくっていくしかないと思う。一人で生きていきたい人は独身でいればいいし、結婚したい人はすればいいし

水無田 人間は、自分の幸福の源泉だと信じているものを捨て去ることがなかなかできない。それが形骸化していたとしても認めたくないから、旧来の結婚観・家族観という怪物がずっとうごめいています。しかし、その結婚観がどのように生まれたかというと、多くの人が主体的に選択した結果とは言いがたい。1970年代の「皆婚時代」に結婚について客観的に考えていた人がどれほどいるでしょうか。今の若い世代のほうがよっぽど、恋愛や結婚について真剣に考えざるをえない状況にあるように思いますそれなのに「皆婚」のプレッシャーから自由になる一番の方法が結婚することだというのは、すごく矛盾していますし、悲しい現実ですよね

参考 yahoo!ニュース 2015.09.15

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