なぜ「恋の病」は痛いのか?

恋をすると出てくる脳内物質

映画を観たり遊園地に行ったとき、ドキドキしたり興奮したりすることがあります。ところが、年齢を重ねていくと、そういうハラハラドキドキ感覚は次第になくなっていく

恋愛も同じです恋をしたときの心臓ドキドキバクバク感は、年を取ると次第になくなってしまう。ああした心の動きも遺伝子に組み込まれていて、年を取るとその働きが鈍くなるんでしょうか。

恋をしたとき、私たちの脳内にはPEA(フェネチルアミン、phenethylamine)と総称される神経伝達物質が出ます

チョコレートにも含まれている物質なので、バレンタインデーにこじつけて「愛の脳内物質」とか呼ばれてますね。PEAはごく微量の使用に限って安全性が確認され、許可された食品添加物として、チーズやワイン、菓子類などに香りや風味付けするために使われているんです

ちなみに、コラーゲンなんかも同じですが、口から食べた物質は消化器官で分解されてしまうので、そのまま脳や体内で期待するような機能が働くことはほとんどありません

PEAは、アルカロイド、つまり麻薬物質の一種です。その仲間は、ドーパミンやノルアドレナリンなど多種多様。ほ乳類の頭の中では、こうしたナチュラル・アンフェタミンとも呼ぶべき「脳内麻薬物質」がさまざまな役割をしています

脳の働きは、一種の化学反応ですある神経伝達物質が作用して神経細胞を「発火」させると、それが伝達されたり広がったり、変化したりして何らかの行動として表現されます。

PEAは、日常生活でも盛んに出ています。たとえば、勉強したりスポーツしたりすると、恋をしたときと共通の物質も出るし、また違う物質も出ているPEAは、酒やタバコの中毒、つまりアルコールやニコチンの依存症に関係したり、これが働かなくなるとストレスを感じたりするようです(*1、米国の南カリフォルニア大学薬学部の研究者らによる論文)。

ドーパミンは報酬の予測と学習に関係しているため、ギャンブルにはまっている人の脳ではドーパミンが活発に働いています(*2、英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの機能的画像研究所の研究者らによる論文)。集中力やモチベーションを高めたりするので、ドーパミンがたくさん出てる人はギャンブルも強いらしい

また、PEAの仲間は、以前から抗うつ剤などに使われ、精神性疾患の治療薬にもなっています(*3、米国イリノイ州のラッシュ大学の研究者らによる論文)。覚醒剤のような危険な物質であると同時に、精神の病を治す薬にもなるというわけです

愛情の脳内物質オキシトシン

恋愛研究の大家、米国ラトガース大学のヘレン・フィッシャー(Helen E. Fisher)教授は「人間の脳では恋愛に関して三つの遺伝子が働いている」と言ってます(*4、フィッシャー博士、ほ乳類がパートナーを選択するための脳のシステムについての論文)。

その三つとはセックスしたいという衝動、甘く切ないラブラブのロマンス、そして長く続く愛のカタチ。これらはぶっちゃけ、性欲、恋、愛です

セックスしたいという欲望には、テストステロンが関係しています相手を探してあちこち徘徊し、積極的で攻撃的、ときに極端な行動をする。覚えがあるでしょう、特に男性はセックスしたいという行動には、こうしたむき出しでナマな衝動、原始的な遺伝子が働いています

で、相手を見つけたら恋をします。恋に落ちる、フォーリンラブですな

どうも、複雑な行動をする生物ほど、ナマな性欲から次の段階、恋をする段階へ進むようで、その最たる存在が人間ですいったん恋に落ちると、さっき紹介したPEAが脳内にドバッと放出される

こうなると、もうめくるめく大嵐が頭の中を駆け巡り、疾風怒濤のような混乱に陥り、もういてもたってもいられなくなります。多くの経験者は、こうした状態がどんなものかよくわかるはず。心臓はドキドキバクバクするわ、目がらんらんと輝いちゃって、はぁはぁと息をしたり、なんか落ち着きがなくなってそわそわする。心ここにあらずという感じ

これってなんか薬物の中毒みたいで「痛い」ですね。客観的にみてこういう人がいたら怖い。こうしたときに放出されるPEAは、まさに脳内麻薬物質というわけ。実際、恋に落ちたときの「症状」は、神経伝達物質の異常によって引き起こされる潔癖症や先端恐怖症などの強迫性障害によく似ています

あと、おもしろいのは、恋をすると熱の刺激や痛みの敏感さに関係した物質NGF(nerve growth factor)の血液中量が増える(*5、イタリア・パヴィア大学の研究者らによる論文)。これが増えるから恋に落ちるのか、恋に落ちたから増えるのか。その因果関係はまだ不明ながら、いろんな意味で恋は神経の敏感さに強く関係しているということでしょう相手を思う気持ちに胸を痛めたり、好きな人に会うと頬が自然に赤らんだりする理由もわかります

まぁ、とりあえず、めでたく恋が成就し、実際にセックスすることになりました。良かったですね。

すると、さらに脳内はパニック状態になる。男性ではテストステロンが放出され、神経伝達の麻薬物質エンドルフィンが駆け巡る。愛情の脳内物質といわれるオキシトシンにいたってはセックスでイクときに通常の5倍も出る、と言われています

恋愛の脳内物質の賞味期限

このように、我々が性欲を感じてから実際にセックスするまでの過程は、とにかくまどろっこしくて面倒くさい。いったいどうして、こんな仕組みになっているんでしょう

人間の場合、恋をしたときの脳内の活動については、子育てに関係しているのではないかと考えられていますつまり、中長期的な子育ての協力者を選ぶための手段として、PEAを利用しているというわけ

実際、セックスをして男女が愛を育むようになると、恋をするときに出ていたPEAは次第に後退し、代わりにオキシトシンとバソプレシンが出るようになります。いわばPEAは、その後の神経伝達物質の「呼び水」的な役割をしてるんですね

オキシトシンは暖かい愛情の神経伝達物質、ボソプレシンは保水や利尿作用に関係した物質ですが、パートナー同士を仲むつまじくさせる神経伝達物質とも言われています(*6、スウェーデンのカロリンスカ研究所の研究者らによる論文)。また、人間とイヌとの間の関係でもオキシトシンが作用しているようですが人間とオオカミの間ではオキシトシンは出ません(*7、日本の麻布大学と自治医科大学の研究者らによる論文)。

オキシトシンは、主に女性の愛情深さに関わり、ボソプレシンはどうも男性が浮気しないように作用しているらしい

人間の場合、こうして男女が協力して子育てをしていくように働く脳内麻薬物質を出し続けるというわけですが、しょせんは化学物質の化学的な作用です。ずっと永遠に利き目が続くわけじゃありません。前出のヘレン・フィッシャー教授によると、子どもに手が掛からなくなる3年から4年くらい利き目が続けば御の字らしい子育てがすめば、お役御免、というのは、女性にとっては脳内物質も男性も同じなのかもしれません

ところで、よく恋愛中毒とか恋愛依存の人っていますね。誰でもいいから、とにかく恋愛していたいタイプの人。こうした中毒のメカニズムですが、タバコをやめられない人、つまりニコチン中毒の場合、ニコチンが脳内で働いている本来の物質(この場合はアセチルコリンという神経伝達物質)と同じ細胞(受容体)と結合します

そのとき同時に脳内麻薬物質のドーパミンが放出され、これがクセになって常習化し、タバコがやめられなくなってしまう(*8、フランス、パスツール研究所の研究者らによる論文)。アセチルコリンは、心臓などの筋肉を収縮させたり、脈拍を遅くさせたりする物質です。また、学習のときに分泌量が増え、記憶に関係する脳の海馬を活性化させると考えられています

いずれにしろ、このアセチルコリンを受ける細胞のせいでタバコがやめられなくなっている。だとすると、細胞を作る遺伝子のタイプの違いを調べたら、わりと簡単にタバコをやめられる人となかなかやめられない人の区別がつくんじゃないかと考える研究者もいます。

さらに、このアイディアを恋愛中毒物質であるPEAに応用することができれば、恋愛中毒や恋患いに効く画期的な薬ができるかもしれない。とは言っても、恋患いなんてできるのも若いうちです

ドーパミンは、年齢を重ねるごとに、脳内で出る量が減っていきます10年で約8~10%も減る(*9、フィンランド、トゥルク大学の研究者らによる論文)。特に男性の場合、テストステロンは年間約2~3%の割合で加齢と正比例して減少していくようです(*10、オーストラリア、西オーストラリア大学の研究者による論文)。やはり、年齢とともにハラハラドキドキ感はなくなっていくんですね

年を取ったら、もう寂しい極み恋を患うことができるうちが華ですよ

参考 yahoo! ニュース 2015.04.19

【関連する記事】