たまたま日本に行ったら考え方が変わった

一衣帯水とはいうものの、歴史問題を抱えていることで複雑な関係にあるともいえる日本と中国。両国のあつれきの狭間で生まれる負の感情がニュースやネットの話題になることも少なくない。その一方で、そうした負の感情にとらわれていた人たちが、実際に相手の国を訪れ、これまでの考えに疑問を生じたり、考えを改めるきっかけになったという話もよく聞く

中国のあるネットユーザーが5日、ずっと抱いてきた「国の屈辱を晴らすために日本を倒す」という思いが、日本に行ったことで憂慮に変わったとするブログ記事を掲載した

この数年いつも日本人と業務上の話し合いを行ってきた。通訳は常々日本人がいかにモラルがあって礼儀正しいか、環境はいかに衛生的かなどなど説明してくるのだが、自分の日本人に対する見方は変わらなかった。日本人と顔を合わせるたびに、かつての殺人狂を連想してしまい、何を言われても心の中の怨念は静まらなかった。

先の釣魚島(日本名:尖閣諸島)のひどい騒動に加え、インターネット上で中国侵略戦争当時の同胞虐殺の写真を見たことで、その怒りは増幅した。クソ!もう1回戦うことになったら、奴らを滅ぼしてやるという気持ちだった。

しかし、先日たまたま日本に行ったところ、小日本を打倒せんとする壮大な志や信念に、あろうことか憂慮が生まれ始めたのだ

飛行機が大阪空港に着陸すると、ガイドに「どの方向へ進めばいいのか?」と聞いてみた。するとガイドは即座に「声のでかい人たちに付いていけば間違いない」と答えた。

丸1日の観光を経て、われわれとガイドとの距離は近づき、ガイドの方から「前を行く2人の若い母親のうち、どっちが中国人だと思う?」と質問してきた。「どっちも同じじゃないの? しゃべらなきゃ分からないよ!」と答えると、ガイドは「子どもを背負っているほうがそうだよ!」と言う

私は、2人の子どもが年齢こそ同じくらいなのに、親の扱い方が天地ほど違うことに気を止めた。また、観察する中で、私は別の情報が事実であることも確認した。それは、寒い天気の中でも日本の子どもは薄着であるうえ、いそいそと歩いており、子どもらしい活発さ、敏捷さを見せるということだ

言うまでもなく、トイレについては早々に調査を済ませた。ここでは清掃員が便器から約10センチほどの距離まで顔を近づけて便器を洗う。もちろん、どこのトイレでも悪臭がしない。国内にある芳香ボールも見当たらない。そしてすべてのトイレにおいてトイレットペーパーが足りなくなるということがない

ホテルやレストランのお辞儀つき送迎も細かく説明する必要はないだろう。さらに、別の細かい点にも気がついた。どのホテルの客室にも懐中電灯が備え付けられていて、取り出すと自動で点灯する。突然の停電に備えるためなのだ

芝生の小道を闊歩しながら上を仰ぎ見ると、チベットでしか見られないような紺碧の空を見ることができる。日本を倒して国の恥をすすぐという長年の思いに、この時確かに憂慮が生じた。

もし少年軍が冬に戦争をして、同時に双方の補給が絶たれたときに、わが小戦士たちが風邪をひいて熱を出したらどうするのか? 撤退が必要な戦況になったとき、わが母親たちは子どもを背負ってどれだけ走れるのか? 日本が夜襲を仕掛けたとき、電気がなかったら、われわれはどこで懐中電灯を探すというのか?

ああ!私を憂いから解放してくれるのは誰なんだ?

参考 FOCUS ASIACOM 2015.01.11

 

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