ありのままの自分を→大切にする若者

映画『アナと雪の女王』の大ヒットとともに「ありのぉー、ままでぇー」というメロディーが日本中に鳴り響いたことは記憶に新しいと思います。本当に素晴らしい映画と歌に多くの人が感動しました。

しかし、最近、自分の「ありのまま」を人に受け止めてもらおうとする人が増えた…という声もあります。「自分にご褒美」と自分を変に大切にしたり、自分に甘かったり、特に職場では深刻な状況にあるようです。また、婚活市場では結婚相手に対する要望を引き下げられずに未婚が続く一因である可能性も指摘されています。今回は、職場の人間関係に詳しい、臨床心理士で神奈川大学教授の杉山崇さんに、職場の行き過ぎた「ありのまま」の現状と背景についてお話を伺いました。

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◆「みんなのために」が薄れている日本

あくまでも杉山崇個人の印象ですが、今の日本は「みんなのために」意識が薄れているように感じます

たとえば、日本人は働き者と言われてきました。これは長時間勤務だけでなく、たとえ気が向かない仕事、苦手な仕事であっても会社のためなら喜んで…という雰囲気があったのです特に2000年代はじめまでは会社に貢献することで、そして間接的に世の中に貢献することで、自分と家族の生活が守れる仕組みが徹底されていましたこれが機能して仕事にも身が入ったのかもしれません

◆やりたい放題の「新型うつ」

しかし、こんな話も今は昔のようです。最近の職場でよく聞く管理職の声としては新入社員が「こんな仕事やりたくありません」と真顔で仕事を嫌がる、または仕事が遅かったり、雑だったり…内心では仕事を嫌がっているようだが指導が難しい、というものがあげられます

このような社員は、勤務中は気分が優れず涙を流すようなこともあります。メンタルヘルスの問題を心配して産業医を勧めると、「一日中泣きたい気分が続いて、楽しいことがなくて…」と訴えます実はこの訴えはうつ病の診断基準の主要項目です。医師によっては「うつ病」と診断して、労災と休職の手続きが進みます本人は診断に内心大喜び。「楽しむのも治療」と称して遊びに行きます。うつ病は何も楽しめない状態のはずなのですが…

これはいわゆる「新型うつ病」です。日本うつ病学会は公式に「新型うつ病は本当にうつ病かどうか疑わしい」という旨の声明を出していますが、専門家の間では「昔だったら違う診断がついた」という話もあります

◆自分を大切にしすぎる若者たち

最近のカウンセリングやメンタルヘルスの現場では新型うつ病は「自己実現型うつ病」と呼ばれています彼らは好きなことをしていると「これが私の好きな私!!」と自己確認ができてご機嫌になる反面、ちょっとでも我慢を強いらえるような場面では「こんなの私が好きな私じゃない…」と急激に悲しくなるようです

新型うつ病ほどでなくても、最近の若者が「自分」をとても大切にすることは多くの職場で管理職の悩み事になっています。もちろん、若い時は自己形成の時代です。自分のことを気にすることも、大切にすることも、昔からの大事な成長プロセスでした。しかし、本来は「こんな自分は世の中に通用するのか」と周囲の反応も心配しながら、自分なりのやり方を探るものでしたこの過程で自分を見失う人たちが従来型のうつ病です。しかし、この10年来、自分について心配する若者よりも、自分を大切にするあまり嫌な思いをすることを心配する若者が増えたようです

◆働き方の多様性が原因?

この問題は「ゆとり教育」から考える方も多いようですが、実は私は2005年に発表した論文(杉山崇2005社会階層の分断化とキャリア発達カウンセリング)で労働市場における「働き方の多様性」の影響で日本人の「自分が大切」が行き過ぎるのではないかという懸念を検討しています

どういうことかといいますと、2004年、時の小泉内閣は企業の人件費負担を減らすために生活保障のある正社員を減らして、仕事があるときだけ人を雇って仕事に応じて給料を払う非正規雇用を増やすことを奨励し始めました。そして、これまでの従業員の人生に企業が責任を持つ仕組みを取り崩して、自分の人生には自分で責任を持たせる仕組みに転換したわけです

◆絆の強い社会の在り方とは

ところで、日本には「おかげさま」「お互いさま」の感覚があって、「一人はみんなのために」「みんなは一人のために」という支えあう意識を大事にしてきました企業による生活保障はこの意識にマッチしたもので、苦手なことや嫌なことでも会社のためなら…という精神にもつながっていたのです

もちろん、企業の人件費負担や個人の主体性が育ちにくいといった弊害もありましたが、自分は自分だけのものではない、という意識を育てて絆の強い社会を作っていました。絆は「しがらみ」でもあるのでいいことばかりではありませんが、急に職業人生における「自分のために」が強調されたため、「みんなのために」が薄くなっているのかもしれません

本来、共生社会では自分とみんなは切り離せません。なので「自分のために」と「みんなのために」が個人の中でバランスよくブレンドされることが必要です。もちろん、ほとんどの方は上手にブレンドしてご活躍なさっているわけですが、一部の敏感な方は「ありのまま(≒自分を大切に)」を大事にする雰囲気に飲まれてしまっているのかもしれません昔に戻るのが良いとは思いませんが、成熟して洗練された「ありのまま」の求め方を文化として探る段階に来ているのではないでしょうか。各方面の文化人や識者からのイノベーションが待たれるところです。

参考 Mocosuku Woman 2015.09.08

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