「CVT」の終わりは日本車の始まり

「CVT」とはContinuously Variable Transmissionの頭文字で「無段階変速機」のこと

現在の国産車のオートマチック・トランスミッションのほとんどがこのCVTを採用している。名前の通り、ギアを切り替えて変速比を変えるマニュアル・トランスミッションを階段だとすれば、CVTは坂道の様に段がない。

1980年代に次々と現れたCVTは、初期には発進に大きなショックを伴うなど、完成度は決して高いものではなかった。しかし、理論的には「エンジンの欠点を補う夢の次世代変速機」であることから多くの注目を集め、以来着実に地歩を固めてきた

燃費性能への注目の高まりにつれ、特にこの十年は効率の悪いトルコンATからCVTへのシフトが急速に進んだ。数年前にはトルコンATは旧技術の象徴の様に思われていたのだ。

ところがその構造が今変わろうとしている。CVTが滅亡するかどうかはまだ解らないが、CVTの限界が見え始め、同時にCVT以外の選択肢の芽が出始めているのである

後年振り返れば、2014年はCVTにとって終わりの始まりだったのかもしれない

まずはCVTの仕組みから説明を始めよう。CVTには様々なタイプがあるが、ハイブリッドに使われているものを除けば、そのほとんどがベルト式だ。ふたつのプーリーの間にベルトを掛ける。プーリーはベルトがかかる谷間がV字構造になっており、油圧でV字の谷間を狭めたり広げたりできる。するとベルトの掛る位置が変わり有効径が変わる。回す側と回される側両方のプーリーの有効径を変えることでふたつのプーリーの回転速度を変えて変速する仕組みだ

エンジンという機械はその特性として、アイドリングからレッドゾーンまで同じ特性ではない。回転数によって性能の優れたところと悪いところがある。しかもその良い悪いは例えば燃費についてなのかパワーについてなのかでまた回転数が違うという機械なのだ。

CVTの場合、従来の変速機の様な有段変速ではないので、エンジン回転数と車速の関係が飛躍的に自由だ理論的には走行している間中エンジンを「燃費効率が一番良い回転数」ぴったりに固定したまま速度を自由に変えたり、発進から最高速まで一番トルクが出ているところに固定して最大加速力を保つことができる可能性があるのだ

他にも、サイズが小さいこと、連続可変のため変速ショックが構造上あり得ないことなどメリットは多いまた変速は電子制御されるので、プログラムによる燃費テスト向けのチューニングがしやすく、カタログ上のメーカー発表燃費を上げるのにも都合が良い。そんなわけで燃費記録を叩きだすソリューションとして定番化したのだ

しかし、机上論はともかく、現実はそんなに甘くない。CVTにも問題点がある。

 

CVTはエンジンパワーをロスする

 先ほどCVTの構造を説明した時、ふたつのプーリーとベルトの関係を頭に描いたと思うが、おそらく多くの方は、自転車の様にチカラを出す側のプーリーがベルトを引っ張り、受ける側のプーリーがそれで引っ張られて回転することをイメージしたと思う。しかし、スクーター程度の負荷ならともかく、クルマの重量と出力ではベルトを引っ張りで使うのが強度的に難しく、その結果、金属ベルトに将棋のコマのような形状の金属片を多数通して押し側で動力を伝える仕組みになっている

5円玉を紐に通して棒にした状態を考えてもらうと解りやすいだろう。これなら押し側で動力伝達する限り金属棒と同じなので大きな力が掛っても平気だ。その代わり力が掛れば掛る程ベルトがプーリーに食い込む引っ張りと違って、押し側だと摩擦による力の伝達にはツライ状態になる

しかも回転すれば金属ベルトとコマは擦れるため、潤滑をしないとベルトが摩耗して切れてしまうそこでベルトを潤滑油漬けにするのだが、前述の通りプーリーとコマの間は摩擦力で力を伝えているので、ベルトを油漬けにすれば当然滑る。滑らないためにはひたすら挟みこみ圧力を強く掛けるしかない

ということでCVTは動作中ずっと高圧の油圧ポンプの作動を余儀なくされるのだこの油圧ポンプはエンジン駆動なので当然エンジンのパワーをロスする。パワーロスは速度域にもよるが、ほぼエアコンと同程度だという

効率向上のための変速機なのに仕組み上パワーロスを避けられないというのは自己矛盾だ。しかも高速になるほど滑りを止めるために油圧を高めなくてはならないのでロスが増える

もう一点、最少ギア比と最大ギア比の差を大きく取れないという構造的問題点もある1速のギア比は車重とエンジンの性能で自動的に決まるので妥協の余地がない。となれば妥協するのは高速側だ。その結果CVTを使うと高速巡航中にエンジン回転が高くなりがちになる。前述のパワーロスの問題と合わせて、CVTは街中を走るモードでは燃費にプラスだが高速燃費は宿命的に苦手なのだ

国土交通省の定める燃費試験はほとんどが低速しか使わないそのため低速を得意とするCVTは試験では低燃費を達成しやすいのだが、クルマを買ったユーザーが高速走行をするとこれまで書いてきたような理由でカタログ値と乖離した燃費になりやすい

 

ドライバーが思うように走れない

 もう一点、CVTはドライバーに違和感を感じさせるという問題がある。自動車の誕生以来、長くスタンダードだったマニュアルトランスミッションでは、ドライバーが変速しない限りギア比は変わらない。アクセルは本来エンジンの力の出し具合をコントロールするものだが、ギアが固定ならそれは速度管理そのものになる。その結果クルマの速度はアクセルで管理するのがドライバーの普通の感覚になっている

アクセルを踏めば「加速しろ」だし、緩めれば「減速しろ」、そのままなら「速度維持」だ。しかしCVTは前述の様にエンジン回転と速度の関係を自由に変えられることが強みだ。そのためアクセルと速度の関係がアクセルだけでは決められなくなる

プログラムがエンジンの運転状態と勾配などの負荷条件を判断し、アクセルをキープしていても加速したり、緩めても加速を止めなかったりするのだ

ドライバーの思う通りに走ってくれない。制限速度ぴったりで走りたいのにクルマが加速してしまったりする現象は多くの方が経験しているはずだ

クルマはドライバーが操作するものであって、コンピューターがドライバーの指示を飛び越えて勝手なことをするのは望ましくない。そこには倫理的な上下関係があるべきなのだ。

こういう問題を解決するために、最近では連続可変を止めて、CVTにあえて階段状のギア比をプログラムすることで、ドライバーの判断を優先するものも現れた。しかしである。それならCVTである必要があるのかという根源的な疑問が起きる

コンピューターに燃費やパワー効率を判断させて変速させる仕組みを全て止めてしまうとCVTのメリットがほぼ無くなってしまうのだ

CVTのメリットを生かそうとするなら、結局ペダル操作の意図をプログラムにどうマッピングするかがキーになるしかしそれはエンジンのトルク特性によって変わってくるので、エンジンごとに膨大なすり合わせ作業をしなくてはならず、必ずコストを押し上げるこういう諸問題に疲弊してCVTの可能性に疑問を感じるメーカーが出始めているのだ

さらに別の側面もある。CVTの様な複雑な機構は途上国でのメインテナンスに問題が生じるのだ壊れたら直せないのでは困る。CVTに開発リソースを傾注しても、それは途上国で売れるものにはならない

つまりCVTには従来の変速機にない新しい可能性があるのだが、アクセルで操作するというクルマのインターフェイスとの兼ね合いで、その秘めたるポテンシャルを発揮するには至らず、駆動のロスやギア比の不自由度、ドライバーの違和感、開発コスト、メインテナンスなど幾多の問題がのしかかって来ているのだ

 

「トルコン・オートマ」の復権

 エンジニアはこうした問題に永らく頭を痛めていたのだが、その間に新しい選択肢が現れた。

一つは「効率の悪い化石のような技術」として葬られかけていたトルコンオートマの復活である。トルコン式のオートマチックでは、実際の変速は遊星ギアによって行われ、その部分はすでに枯れた技術で何も問題がない。問題はクラッチの役割をするトルコンそのものに集約されていたのだ

トルコンとはトルクコンバーターのことで動力を伝える仕組みのひとつだ。よく例えられるのは一対の扇風機だ。片方が風を送ると、他方はその風で回される。風を送る側はエンジンにつながっていて、風を受ける側はギアを介して車輪につながっている。

低速では風が弱いので止まっていることができ、自動クラッチとして機能する。トルコンのメリットはこの停止状態から徐々に風を強めてスムーズな発進ができることだ。上手に設計すれば発進マナーが洗練されたものになる。ちなみに実際のトルコンは空気の風ではなく油の流れで力を伝えている

しかし流れが緩やかだと止まっていられるということは、別の見方をすれば、エンジンの力の一部は油を掻きまわすだけで動力として活かされていないということでもあるトルコンにはスリップロスがあってこれが燃費を悪くする原因になっている

だったら必要ない時にはこの扇風機どうしをつないで直結にしまえというのがロックアップ機構だ。ロックアップ機構そのものは40年近い歴史があるのだが、近年のコンピューター制御技術の進歩で、今や稼働時間の80%、つまり発進時を除くほとんどの稼働時間をロックアップ状態にすることが可能になってきた

ロックアップ領域が広がってトルコンのデメリットがほぼ消えたむしろCVTの様に制約がなく、ギア比を自由に設定できるので、低速ギアと高速ギアの差を大きくとれる。結果として高速巡航時の燃費が向上した

現在各社が目標としているのは最大/最少ギア比の比率を10倍まで持って行くことだ。発進をラクにしつつ、高速巡航燃費を良くするにはこの10倍が目安になるのだそうだ

ただし、そうなると従来の4~5段では各段のギア比のギャップが大きくなり過ぎるため、8段あるいは9段への多段化が進んだのだ。やみくもに「沢山ある方がいいでしょ」ということで9段になっているわけではないのだ。

駆動ロスの問題がほぼ解決すると、ギア比の自由度が高く、ドライバーの違和感がないというメリットがCVTに対して強みになってくる。そしてトルコンは変速マナーが比較的洗練されている。ただし途上国でのメインテナンスの問題はやはり残る。だから多段型トルコンは原則的に先進国向けだと言えるこうした新世代トルコン変速機の代表例はマツダのSKYACTIV-DRIVEだろう。マツダはCVTからトルコンへのシフトを考えているらしい

 

「AMT」という新たな選択肢

 AMTとはautomated manual transmissionの頭文字で、マニュアルトランスミッションを油圧アクチュエーターで動かす変速機だ。ただし、クラッチがひとつのシンプルで安価な方式と、クラッチとギアを2セット持って変速時間ゼロを目指す高機能方式がある。

前者は変速機の仕組みそのものはマニュアルのままで、人間がクラッチを踏んだり、ギアレバーを操作していた部分をアクチュエーターに代行させる。構造はマニュアルトランスミッションに多少の付加物が付くだけなので途上国でもメインテナンスが可能だ。長所は安くて丈夫で修理が易しく、燃費面ではマニュアルと限りなく同じで優秀なこと。欠点は変速マナーがまだまだ洗練されていないことだ

途上国向けのトランスミッションは、現在のところマニュアルトランスミッションがメインになっている。マニュアルであれば、途上国でも修理環境が整っているからだ。しかし今後の自動車普及率を高めるためには運転の易しいオートマチックトランスミッションも欲しい。そこでAMTが注目されているわけだ。

海外ではフェラーリ/マセラティ/アルファロメオのF1マチック/カンピオコルサ/セレスピードとBMWのSMGなどがこのAMTに先鞭をつけていた。乗用車レベルならともかくスーパーカー級のトルクに耐えるトルコンは設計が特殊な割に数が出ないため作ってもペイしない。しかし数は少ないとは言え自動変速機は必要だ。そこでマニュアルトランスミッションと部品が共用できるマニュアル+アクチュエーターのAMTが選ばれたわけだ。

もう一つの高機能型は、ワーゲングループが先頭を切って開発したDCTだ。DCTとはDual Clutch Transmissionの頭文字。意外に思う方も多いだろうが、これも構造的にはAMTの仲間だ。奇数段のトランスミッションと偶数段のふたつのトランスミッションを持ち、ふたつのクラッチでどちらを使うか選択するというとても複雑な方法をとっている。

例えば1速から2速にシフトアップする時、シングルクラッチのAMTだと「クラッチを切る→1速のギアを抜く→2速のギアに入れる→クラッチをつなぐ」という手順が必要だが、DCTでは奇数段の1速で走っている時に、すでに偶数段では2速にギアがセットされていて「奇数段のクラッチを切る→偶数段のクラッチをつなぐ」で変速操作が終了するため、変速のタイムラグが激減する。ちょうど料理番組で「予め煮込んだ状態のお鍋がこちらになります」と言って別の鍋を持ってくるのに似ている。

DCTは登場した時「レーシングドライバーより変速が速い」ということで注目され、これも夢のトランスミッションと言われた。変速が速いということは、加速の途切れ感がないことを意味するので、乗り心地にとっても有利だ

欠点は重さと大きさと複雑さだ重量は約30kg増加するし値段も高い。部品点数は2倍。となれば壊れるリスクと壊れた時の費用ともにホメられない。大きく重い高級車にはその新技術感と超速変速のメリットを重視して選ばれるかもしれないが小さなクルマには向かない

そんなわけで、CVTに代わって広く普及する可能性があるのはAMTではシングルクラッチの方だろう。例えば発売したばかりの新型アルトに採用されているAGSが代表だ

 

CVT全盛時代の終了は躍進のチャンス

 こうした様々な状況を考えればすでに「CVTさえあれば他の選択肢は要らない」状況ではないことがよく解るだろう。安くて丈夫で保守が簡単なAMTが現れ、洗練されたトルコンオートマが復権躍進し、超速変速のDCTもある。それぞれのクルマの性格に合わせてこれらを使い分ける方が製品の訴求力は上がるだろう。何でもできるがゆえに、どのニーズにも最適化されていないCVTはその万能性がアダとなっている

思い起こせば、日本の自動車メーカーはトルコンの効率に疑義を呈された時に、全社一気にCVTに向かってしまった。当然多くの先行投資がされたはずだ。そして欧州勢がAMTだDCTだと言っている間、CVTの呪縛から逃れられなかった。

もちろん例外はある。例えばニッサンGT-Rの様なクルマはそういう中にあってもDCTを採用している。しかしメーカー全体を見渡すと、主流はCVT一本に収束しているようにしか見えなかった。

技術の進歩を考えた時、全員が同じ方向に向かうのは危険だ。仮にいくら一番堅実に見える選択肢でもそれに集中してしまうのはリスクが高い。競馬で「本命に全財産」を掛けるのと同じなのだ。流して買うことは必要なリスクヘッジだろう。

日本の自動車メーカーがCVTオンリーを抜け出し、様々な技術的可能性を自由に選べるようになったことに筆者は大きな安堵を感じている

CVTの終わりは、それだけ見れば日本の自動車メーカーの失敗ではあるだろう。しかしそれは同時に日本車の新たな始まりになるのだと思うのである

参考 THE PAGE 2014.12.31

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