「うまい米」は空から作る!

精密農業(Precision Farming)という概念自体は世間一般で注目されている市販のドローン(小型無人機)が登場するよりはるか昔から存在している農地や農作物の状態を、経験や勘に頼ることなく科学的に解析・管理して、収量アップや効率化を図ろうというものである

セキュアドローンの仕組みが確立されると、この精密農業がさらに一段進化した「超精密農業」に生まれ変わる。具体的に、超精密農業とはどのようなものなのか探っていこう。

●ドローンを使った「超精密農業」とは?

ドローンを使った超精密農業でいったい何が変わるのか。まず大きく変わるのが「温度管理」だ

国内で今、その超精密農業の舞台の一つとなっているのが北海道・旭川市セキュアドローン協議会が旭川市の「JAたいせつ」と協力して稲作の生育・栽培におけるドローン活用の実証実験に取り組んでいる。同市を含む上川地方はブランド米「ゆめぴりか」の産地で、実証実験の目的はもちろん品質の向上と、それによるブランド価値のさらなる向上にある

さて、農作物の生育状況を把握するのに非常に重要なパラメータの一つに「積算温度の管理」がある。積算温度とは毎日の平均気温を基準日から足していった数値のことで、稲などの農作物の葉の色はこの積算温度によって変化するという

たとえば水稲の場合、この時期にこれだけ生育していなければならないという目安があり、それを「カラースケール」と呼ばれるチャートで確認できる。葉の色をカラースケールと比べることで、生育がちょうどいいのか遅れているのかが、一目で分かるわけだ

稲作農家はこのカラーチャートを見ることで、水や肥料をどのように与えるか、農薬をいつまくかといったことを判断できる。しかし、ここで問題がある。われわれ素人の目からすると同じように見える水田も、実際の稲の生育状況は場所によって細かく違っている可能性がある生育状況が悪い場所を放っておくと、当然、品質や収量が落ちてしまう

小さな水田なら、人間がチャートを片手に調べて回れるかもしれない。しかし、北海道のような広大な場所で大規模な水稲栽培に取り組むような場合、とても人力では対応できない

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そこでドローンの出番だドローンを用いて水田をくまなく空撮し、画像データとカラースケールを比較することで、どの部分がどのように生育しているかをきめ細かく把握できる。さらに、センサーを用いて土壌成分データを計測し、土壌の状況と成育状況との関連性を見いだすことなども可能になる

セキュアドローン協議会では同様に、上川郡東川町でワインブドウの生育・栽培におけるドローン活用の実証実験も進めているこちらではドローンを飛ばして空撮することで、葉の変色している場所や、木単位の房や実、葉の数と密集度などをデータ化する虫害や病害を早期発見することや、適切な生育に向けて効率的に間引けるようにすることなどが目的だドローンのカメラを使い、房や実の数を正確に把握できるほどの精度実現を目指しているという

地上に設置した「モニタリングポスト」から温度や照度、CO2などのデータを収集し、ドローンからのデータと組み合わせることで、より精度を高めることが可能だ。ただし、コストをかければかけるほど精度を高められるのは当然のこと。あまりにコストが高くなってしまうと、大規模な農家以外誰も使えなくなってしまう。それでは本末転倒だ

セキュアドローン協議会としては農家になるべく負担をかけずに活用してもらいたいという考えがあるため、極力ドローン単体で様々な調査ができるように開発を進めていく意向だというドローンに各種センサーを搭載して自動飛行させ、データを収集収集したデータはクラウドに自動アップロードされ、クラウド上の人工知能を活用したプログラムがこれを分析、農家に対して最適な情報提供やアドバイスを行う――これがドローンによってもたらされる超精密農業の“入り口”

仏パロットのドローンで自動航行をテスト

 セキュアドローン協議会が2015年度半ばに実施した実証実験では仏パロットのホビー向けドローン「Bebop Drone」と、同社が提供してSDK(ソフトウエア開発キット)を用いて自動航行プログラムのテストなどを行った。実際にテストしたところ、数多くの課題が浮き彫りになったという

同協議会の会長を務める春原久徳氏(スプリングフィールド代表取締役)は、「(比較的低価格かつ実用になるドローンのうち)自動航行プログラムのSDKをユーザーに開放しているメーカーはパロットか米3Dロボティクスぐらいしか実質なかったのですが、国内では3Dロボティクスの完成機体が手に入らなかったため、パロットの製品を使ってテストすることにしました」と語る

SDKによってドローンを自動航行させるプログラムを開発できるとはいえ、当時SDKはバージョンアップしたばかりでドキュメントがほとんどなく、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)をどのような引数で呼び出せばいいのかも分からないという“手探り状態”だったという

セキュアドローン技術開発の中心人物である、ユビキタスの橋本健一氏(研究開発本部 研究開発センター 主席研究員)によれば、ドローン内蔵のデジタルコンパス機能もAPI経由で呼び出して利用できるはずだったがうまく使えなかったという。そのため、「少し飛ばして2点の緯度経度から計算して向きを割り出すなど、自前で補正するプログラムを実装して何とか指示通り飛ばすことに成功しました」と橋本氏は振り返る

ただ、本体ではなくパソコン側でさまざまな補正を行う必要があるため、かなり頻繁な通信が発生することになりました。また、APIを通じてコマンドなどを送り、結果だけ返ってくる仕組みのため、向こう側ではどんな処理が行われているのか完全にブラックボックス状態。そのため、開発にはかなり苦労しました」(橋本氏)。

オープンな「Dronecode」でメーカー非依存の開発を目指す

 苦労してパロット製ドローン(Bebop Drone)で実証実験をスタートさせることに成功したものの、同協議会的にはそのまま同機でノウハウを蓄積し続けるつもりはなかったという。「幅広い用途でドローンを活用するためには、オープンなプラットフォームに対応していることが重要」(サイバートラスト ビジネスイノベーション部 プロデューサーの佐分利 滋氏)と考えているからだ

パロットのBebop Droneを最初に使ったのは、SDKが用意されていて自動航行プログラムをすぐ開発可能だったためであり、利用するドローンに制限を設ける予定はない。今後のプロジェクトでは、オープンソースの「Dronecode Project」(以下、ドローンコード)をベースにセキュアドローンのソフトウエア開発を進めていく方針だという

「ブラックボックスになっていると、どうしても思い通りに制御できない部分が出てきて活用の幅が狭くなってしまいます。幅広く活用するためには、ドローンコードのようなオープンな開発プラットフォームが重要で、今後はこのドローンコードで制御できる機体を中心に開発を進めていくことになると考えています」(佐分利氏)。

前出の橋本氏も続ける。

「回路も含めて仕様が公開されていれば開発しやすいですし、足りない機能があったら自分達でプログラムに手を加えることも可能ですメーカーだけがネイティブコードを使ってドローンの性能を100%引き出せるのに、ユーザーはSDKで与えられた一部の機能しか使えないというのでは困りますセキュアドローンの開発を進めるには、やはりオープンソースの利用が適していると思います」。

●機体の認証とトレーサビリティーの実現

ドローンを使って撮影した画像や赤外線による温度分布データなどを、各種センサーによるセンシングデータとマッチングさせて精密農業に活用するためにはやりとりするデータ自体をセキュアにして運用する必要がある悪意のある第三者がデータを改ざんし、農作物が全滅なんて事態に陥るのを何としてでも防がなければならないからだ

悪事を防ぐ仕組み自体は、通常のITシステムでサーバー上のデータを改ざんなどから防ぐ仕組みと基本的に何も変わらない固有に発行する「電子証明書」を使ってパソコンとドローン、操作端末などとの間で認証を行い、通信データを暗号化。種まき/苗付けから収穫までの間、生育状況のデータを安全にやりとりし続けられるようにする

電子証明書を使うことで、データの暗号化だけでなく、「そのデータが正規のもので、後から勝手に書き換えられていない」ことを保証する「電子署名」も施せるこれにより、生産者情報や生産された農場の場所、生育状況などを消費者が確認するためのトレーサビリティーの信頼度を高めることにもつながる

このように書くと、すぐに実現できてしまうように感じるかもしれないが、そう簡単な話ではない。実現に向けては様々な課題がある。その一つが「海外メーカーの壁」だ。「現状、ドローンの機体はほとんどが海外製でメーカーごとに独自仕様で作られています。例えば機体内部に追加のチップを搭載したいと思っても、そう簡単には搭載できません」(春原氏)。

「そのため、インタフェースをどのようにして出してもらって接続するかなどについて、それぞれのメーカーと個別に話を進めていかなければなりません。しかし、『日本の実証実験で使いたいから』などと言ってもなかなか理解してくれないでしょう場合によっては独立して外付けできるかなども考えていかなければならないでしょう」(春原氏)。

自動車の場合は「OBD」(On-Board Diagnostics、自動車に搭載されるコンピュータ(ECU)が行う自己故障診断のこと)のように標準化された規格があるが、ドローンの場合はまだそのようなものはない。今後、ドローンが多様なビジネスで本格活用されるためには、こうしたインタフェースの規格化も大きな課題になっていきそうだ

今後はメガソーラー保守などにも活用

 ここまで精密農業への活用について紹介してきたが、セキュアドローン協議会がターゲットとしている用途は他にもたくさんあるという。例えば「メガソーラーの保守」などが挙げられている

1メガワット(MW)以上もの大規模な出力を実現するメガソーラーシステムの場合、当然、太陽光パネルの面積も相当な規模になる。このため、保守点検には多くの時間を要する。従来は人力で行っていたそのパネルの点検を、ドローンが代わりに行うというものだ

赤外線カメラなどを用いてパネル表面の温度を検知することで、断線やクラック(パネルの割れ)などを引き起こす可能性のあるホットスポット(周囲のパネルよりも温度が上がっている箇所)を見つけることができるホットスポットの原因となる鳥の糞や落ち葉の付着などを除去することで、発電量の低下を未然に防ぐことが可能になる

こちらはソーラーモジュール検査システムを提供して事業主体となるエナジー・ソリューションズを中心に、送受信データの暗号化などセキュア化を担当するサイバートラスト、ビッグデータ解析などを担当するソフトバンク・テクノロジー、データの送受信やビッグデータ化、自動操縦管理などを担当するユビキタスの4社が共同で、2016年内のサービス化を目指しているという

●ドローンの課題は「落ちないこと」「落ちても大丈夫なこと」

ドローンをビジネスとして活用するためには、他にも多くの課題がある。その一つが「物理的な安全性の確保」だ。

いくら技術が発達しても旅客機や軍用機の墜落が後を絶たないように、ドローンも空を飛行する以上、墜落の危険性から逃れることはできないできるだけ落ちないような技術開発はもちろん必要だが、落下時にパラシュートが開く、エアバッグが膨らむなどによる安全対策が求められる

前出の橋本氏は、自動航行プログラムの開発テストを通じて判明した問題として、GPSの誤差に起因する落下の問題を挙げていた。

「GPSの誤差によってずれた場所に着陸しようとして、そこにある木と干渉して落ちてしまうということがありました。本来降りるべき場所にしっかり降りるためには、さらなる測位精度の向上が必要だと考えています」(橋本氏)。

GPSの精度問題については現在、これを解決につながるものとして「準天頂衛星」(特定地域の上空に長時間とどまる軌道をとる人工衛星)の整備が国内でも進められているところだ

現時点では初号機の「みちびき」のみだが、2017年から2019年にかけて3基が追加され、合計4基体制で運用される予定となっているこれによってGPSの精度は格段にアップする予定である。こうしてGPSの精度が上がるまでの間にもできることはたくさんある

農場の四隅に位置情報を示すためのビーコン(無線標識)システムを用いる方法や、レーザーなどで遠隔誘導する方法、ドローンが搭載するカメラを使って画像認識で飛ぶ方法など、様々な方法によって航行精度を高めたり、GPSが使えなくなったときのバックアップをしたりすることが可能だ測位精度と航行精度が高まるほど、「究極の超精密農業」の実現に近づいていく

セキュアドローンの実現で法制度が変わる可能性も

 2015年4月に日本中を驚かせた首相官邸へのドローンの落下事件など事件が相次いだこともあって、同年9月に航空法の一部が改正され、12月に施行された。これにより、200g以上のドローンやラジコン飛行機などの飛行に対して、厳しい規制が敷かれることになった

この改正航空法は、ドローンのビジネス化に対してかなりの“向かい風”となっている現状ではドローンを飛行させる日の10日以上前(土日・祝日などを除く)までに、国土交通本省または空港事務所あてに飛行許可・承認を申請しなければならない。天候不順などで飛ばせない場合は再度申請が必要になるため、日常的なビジネス活用は難しい

一方で2015年1月、内閣府地方創生推進室によって「近未来技術実証特区検討会」が設立され、ドローンなどの新技術を検証する「特区」の申請受付をスタートしているセキュアドローン協議会をはじめとする各地での技術的な取り組みによって、物理面やセキュリティ面での安全性も含めたドローンの技術が確立されていけば、今後ドローン活用の規制が緩和の方向に向かう可能性は十分ある(利用者登録や免許制度などの導入も併せて議論されることになるだろう)

先ほども紹介したように、現在は流通する機体のほとんど(約90%以上と言われる)を海外メーカー製が占めており、ドローンのセキュア化を進める上で壁となっている。しかし米国などもドローン使用の規制が強化される方向にあり、近いうちに海外メーカーも腰を上げて規格のオープン化や標準化が一気に進む可能性は大いにあるそうしなければビジネスとして成り立つ可能性がしぼんでいくためだ

今回紹介した超精密農業やメガソーラー保守などの他にも、ドローンを活用することで新たに生み出せる21世紀型ビジネスは数多くあるだろうクラウドやビッグデータ解析などを組み合わせることで、それらのビジネス同士をつなげることまで考えれば、チャンスはとてつもなく大きいそのために必要な“土台”として「セキュアドローン」への期待も確実に高まっていきそうだ

nikkei BPnet2016.04.26

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